(亜紀書房)を読んだ。
自動車の営業人から現在ダイエーCEOとして同社再建に
従事している著者の営業感。
彼女すごいです。自動車会社のスタートは本田の営業から
始め、一ヶ月目でトップセールスに。BMW社に移ってからは
5年で400台売る。バカスカ売ってますね。トップセールスを
10年以上続ける。
本田では当時女性営業というのは自分以外にはおらず、
ほとんど仕事を教えてもらえなかったとのこと。
トヨタの営業の椎名氏が書いた本を読み、「一日100軒、
訪問するべし」を実行したそうです。
小野節子 著『女一人世界に翔ぶ』(講談社)
を読んでいる。この著者の経歴・家系もすごいが
内容も面白いし読みやすい。!!
この本、ゼミの先生に「買っといて」とお金を渡されて
読んでもいいよ、というから読んでみたのだが、
国際機関、国際政治、世界銀行、融資決定プロセス、
経済開発、フェアな視点とは何か?といったことに
ついて著者の美的意識を軸にして語っている。
国際関係に興味のある人に特におすすめ。
浅田次郎『蒼穹の昴』講談社文庫 全4巻を読み終えた。
文庫にしては字が比較的大きいとはいえ、かなり
長かった。しかし、とても面白かった。最終巻(4巻)
の参考文献を見ても、かなり調べて書いたことが
伺われる。主人公春児と妹、進士中の進士状元
(科挙試験のトップ合格者)の文秀、
ライバルだった王逸、皇帝と皇后
、楊、李などなどぞれぞれよく書かれているとおもった。
強く印象に残ったところが一つあった。最後のほうで、
日本に亡命することができた文秀(春児の妹りんりんとともに)
が皇帝(この場面では既に元をつけていいかもしれない)
宛てにしたためている手紙のなかに一国を司る政治の本質
について文秀が気付く文章がある。これこそ政治の本質
だと確かに読んでいておもった。この部分、決して小説だからと
いって流すことのできない文章だ。
→ 皇帝の後ろ盾のもとで民をおもい、西欧列強のように近代化を
すすめようと謀殺により皇后を消すことを試みるも失敗し、亡命。
手紙を書いている場所は船中。
長く一緒に時間を過ごした春児の妹を酔って、
うっぷんを晴らすか(自分もどうしてそんなこ
とをするのかわかっていない)のごとく殴りまくった後で、
手紙を書きながら気付く。考えてみるとすごい場面だ。
実は春児の妹であるりんりんの婚約者譚嗣同(タンストン)
を文秀、婚約者りんりんも読んでいる自分も
涙ばかり流し度胸のない弱虫だと思う部分がある。
しかし、後から少し彼に対する印象が変わる部分がある。
→タンストンは変法派(改革派、皇帝、文秀たち)で
謀殺を企てたとして公衆の場で首をはねられる。
聞いてくれ、載湉(ツァイテン)。
「略~みな民衆に施しをしようとしていた。その施し
が大きければ大きいほど善政なのだと。
民衆は無力である。日照りの夏は涙すらも涸らし、
凍える冬には飢寒こもごも迫って溝壑に転々とするしか
為すすべをしらない。抵抗する力も、怨嗟の声を上げる
声すらも、彼らにはない。
僕らのなすべきことは決して施しであってはならなかった。
日照りの夏はともに涙を涸らし、凍えた大地の上を
ともに転げ回ることこそ、彼らの中から選ばれた政治家の
使命なのだということに僕はついぞ気付かなかった。
略~施すのではなく、尽くすのだ。~略~
「同士タンストンは生死を分かつ別れに際してこういった。
「文秀、君は難きにつけ、僕は易きにつく」と。
復生(タンストン)だけは4億の民衆の痛みを知っていた。
あの男こそ日照りの夏は、ともに涙を涸らし、
凍えた大地を民とともに転げ周る英雄だった。
→
民の気持ちすなわち民意から離れた理、政治、は、単なる
暴力であり、百害あっても一利もなし。松下幸之助は
「世間大衆と言うものは神のごとく正しい判断を下す」と考えていたらしい。
もっとも大衆が間違いを犯すこともあり、それを断固としてただすことも
政治家の役割だともおっしゃっていたが。
確か映画『ゲバラの日記』を観た時にもこれを読んだときと
同じように感じだことがあった。
岩井俊二プロデュースの映画『花とアリス』
を観た。
相変わらず映像と音楽が良かった。
カメラマンの腕がいいのかな。
『リリィシュシュのすべて』『ラブレター』
などでも感じた。この2要素には岩井さんはこだわりが
あるのでしょう。
アリスが父親からフォー・アイ・ニ-
という言葉と再見という言葉を駅のホーム
で分かれる場面で教わり、アリスはそれを
花が好きな人と付き合い続けるために花に
言われたとおりに芝居に付き合うが、
元彼女の役の芝居をしていることを相手の男に
ばれ、本当は自分が好きだったことを表に出せずに
分かれる場面でつかうところは良かった。
ところどころ、有名人を一瞬だけ登場させるというのも
面白い。
山田悠介 『スイッチを押すとき』文芸社
日本の未来、少子高齢化の仲、
若者の自殺が絶えない状況の下、
日本政府はプロジェクトを開始した。
5歳の子供を無作為に選定し、
手術により装置を心臓に取り付け、
スイッチを押すことで停止する。その子は
5年後に世間から隔絶され監禁状態の中で
心理状態を研究するというプロジェクトだった。
主人公は監視員として国に選定され、
死ぬしかない運命の子供の監視をし続けるも、
横浜の研究所に移され、7年間スイッチを押さ
ずに行き続けている4人の子供に出会う。
そして四人と深い仲になり、悲しい運命を持った
彼らの願いをなんとかかなえようと必死で自分
なりの努力をする。しかし、彼らも生きつづける
希望を失うとスイッチを押していく。
最後には悲しく驚くような展開が待っていた。
最後に残った女の子には兄がおり、なんと
それは主人公の監視員であり、国から選定
されスイッチを持った運命の子だったのだ。
→
遺伝子の研究が進むとどんなことが可能になるのだろうか。
そんなことを考えた。ジョージ・オーイェルの『1984年』、
オルダス・ハックスレーの『すばらしい新世界』のような
世界がくるのもそう遠くはないような気がする。
こうしたことを人間が希求せざるをえないのも遺伝子の
仕業か。