本稿は、辰巳泰子の個人誌「月鞠」21号に掲載される予定です。
21号は、年内発行を予定しております。
また、21号は、ほかに原稿用紙にして約60枚の古典研究、「『定家十体』考」を掲載。
随時エッセイとして、「松木靖夫さん。そして境涯詠のことなど」を掲載。
ご寄稿では、石川実(サンタ)さんの「現代説話集」の掲載があります。
小誌は、創刊号から第5号まで、個人誌でした。第6号から20号までを結社誌(主宰誌)として、ご寄稿の一部の方に実作指導を施すなどさせていただきました。
そしてこの21号(もしくは22号)から、再び個人誌になります。
ひきつづきよろしくお願い申し上げます。
………………………………………………………………
アイアン・ボトム・サウンド
辰巳泰子
アムリタ
晒されて解剖実習室にいるラフランスはや破水していて
ウオトカの瓶の林立 カルテにはラフランスの体液を交換すと
ウオトカは消毒液と匂い似ん 梁見えていし廊下の記憶
逃げようとしていたひとに傷ついたラフランス去年(こぞ)の九月の味す
ウオトカの安きを提げて醸すなり不遇なおんなのごとき果実を
海底墓標三千七百隻の船 時限装置としてぞ腐蝕す
韃靼海峡を蝶は越ゆ ジャポニカ種うなぎはマリワナを目指しゆく
海溝にレプトケファルス幼生す マリンスノーを離乳食とし
身体九穴おおまがどきを吸うごとし 光(て)りつつかづくコバルト青に
死ねないでたたかう薬アムリタをあの海に流さずいてほしい
弥勒
干さるるというにあらねど非正規の雇用の谷を閑居している
受苦でしかなきことうたう憶良かな もみづるまでの貧しさと税
いつも堤で見かけるあの子 ハクセキレイを骨のごとくに連れかえらんか
側溝に不明のこども埋めらるる しんぶんがみのインクに巻かれ
「労務者ふうの男が」という書き出しで目撃情報がつくられつ
砂場にはおもちゃと楓ふきだまる児童ゆうえん高架下の暗み
無為の日を公園で将棋さす人ら 更地に隣るホテル富士
紅旗征戎よそごとなれど踏み場なしかえでもみじの吹きつける宿
わが禄は飲めば飲むほど消えてゆく それでも弥勒待つ気にはなる
チェックアウトの手続きをして国道は見ごろしにしてやまぬ大空
観音びらき
音階や色彩JIS そのどれでもなく 想いにあえぬ私でありぬ
シルクハットの水飲み鳥がなつかしい 鳥たるゆえん翼にあらず
かごめかごめ シルクハットと嘴の飛ぶことを知らざる熱機関
櫛おきて観音びらき 片翼に昭和時代のいくさが映る
水飲み鳥かざる店の子 左利き 何かぶつぶつ鏡文字かく
釣り銭が籠に吊られてぶらさがる公設市場の川うお屋
ダイヤモンドの針もて甦(かえ)るたたら唄 この声の人らいかにいまさん
やんばるくいな よあけのばんの国道で何に見とれた やんばるくいな
やんばるくいな よあけのばんにでて轢かれ 視えざる者ら踏む交差点
こんなふうに泣いてあなたを困らせた水琴窟の風にまぎれて
炉の火
桐箱にかたかた鳴るは一郎の骨とぞ まこと一郎なりや
一郎にあらずと骨のかたる名はドブロホースト ウクライナびと
お隣のお国もさきほどお買い上げ せかいへいわのための火薬庫
割れ窓の海をかづきて高架下 少年ら一つ落書に舫う
しんぶんを売らねばならず挑発を「北の脅威」と書きて、そののち
原発雇用、軍需雇用が口あけて節分まぎわ経営かたる
国民皆兵 武器と電気をつくるため 増税たえよ賦課金はらえ
日当たりの良ければ桐の木を植えし 今パネル敷くあきつしまびと
スロットのように数字の並びたり 賦課金制度ゆかしきものか
春の夜の電気使えば使うほど当たり遠のくポイント制度
かざまうら、佐井村そして六ヶ所へ 賽の目を振りつつ旅したね
さいころを振れば真赤き目はひとつ 炉の火といえば鬼めくごとし
たたなづく原野を裂きて原燃のうえ旋回す 啼くまじの鳥
残り湯は思ったよりも温かく水の比熱に手を泳がせる
あれが石油 備蓄のタンク遠巻きに光れる眺め しもきたの春
そのかみは飛び移る火でありしもの 生命維持の電気をおもう
春寒の電子レンジに解凍す 父の贈りてくれし鰻を
金策に万策尽きてとっておき 封を切らばや冷凍うなぎ
ジャポニカをロストラータが駆逐してアンギラ・アンギラ 売り場がわらう
閣議決定みな死ぬるころ奉れ 二〇五〇年まぼろしの炉を
パンデミック
猛暑日を地膚ただれていし猫とあらたまの年あけて目が遭う
鳩よけの網にかかりし鳩おりぬ 大寒波ふきさらす踊り場
暴風夜 手すりのきわに膨らみて野鳥おおむね夜目利くらしき
温血のついばみ剝いて穴あけて生きゆく手立て鋭くありぬ
ハクビシン パンデミックに殖えたりと巡査立ち去る暴風夜
トンネルに弾む落書はスプレー字 緊急事態宣言ながし
君はどうしてまともになれた からし種ひと粒にいたるまで不公平
開拓団の凍結せし子 旧満州の潰えし路地に蹴られていしは
無修正版グリム童話のなかに棲むまひる人妻とまぐわう牧師
フクロウは納屋ごと焼かれ仕立て屋は天国へ行けないというはなし
夜祭
バセドウを病みて蟄居のなぐさめに「檸檬」それからブルーノ・シュルツ
バセドウの厳重管理あけて秋 労働者として持ち重りゆく
筋肉の自家炎症に歩けぬ日 肉桂色が持つJISコード
隆起する甲状腺のハート型 のどぶえにいますクインとキング
天命に仕えんために虫となるシュルツの父の無用ねぎらう
兵馬俑あざやけく絵付けせし人も囚われびとか ブルーノ・シュルツ
俑なれど死後には自由なる男 陵(みささぎ)はよくよく囲まれよ
片割れが片割れの死を橇に挽くロシア・ビヨンド 絵詞として
喫煙に子供は飢餓のやわらぐとネフスキイ大通り席捲さる
夜祭の射的にぎわい ここ行かば 微笑んで戦争の正義が奪う
願い
焼肉店、斎場そしてホスピタル 三角を結ぶ異様なる近さ
斎場の案内板を置くあたり 横に列なる団塊世代
私ひとりこの世はぐれて在るごとく日暮れてのぞく通りいろいろ
水無月に沈みゆく街まつよいの黄の花立てり罪もなかりき
朝焼けの一刷毛消えておもむろに夕映えの空 八重垣の奥
むらぎものうちかさなりて雲あかし くぬぎの空へ匂うわがシャツ
磐座にいませる神をおもうなり まぐわうというぎりぎりの場所
石工なからば イシクナカラバ 古代神いまさざらむを かいなの翳り
たまぼこの道に出で立ちする祈り 女男(めお)ただ一対のくまぐましき祈り
鬼しこの草だに花のときを生く 願いを放ちたきゆうまぐれ
縄文
お空をね月のお尻が歩いてた 捥いで置いたらお酒になった
ごろり縄目を転がしゆけばお月さん傷だらけになるまえに、交代だ
兵士らはふつうのやさしい男たち 麻薬打たれて特攻かけた
フラッシュバックの引き金は音 慰安婦と呼ばれしひとの牡丹花のごと
電子文書の処分は易し 枝垂れよ口伝 かえす潮のごとくかなしき
残んのしずく 口伝のひとの時計をば次へ次へと止めゆく神は
おそ秋に二つの甕を仕込みつつ口結ぼほる 離せぬように
熊ざさの隈どり白し黄昏れてさやらさやらとなにかまじなう
蜜帯びてはなはだ硬しかりんの実 割ればほのぼの泣く子のおもて
まさぐれば鼓動をはらみうち湿る縄文のふところに眠れよ
マリンスノー
サングラス越しの日差しに秋立ちてくだれる坂の此処 遮(さえ)の神
照らされて一葉の乾き丸まれりここに棲まえとほとけ仄笑む
南島にて施餓鬼ひた待つ いつかの私 マリンスノーをおなかに詰めて
重金属おびてしおかぜ みなみかぜ 磯菜つむ子ら吹かれてあるを
アイアン・ボトム・サウンドを聴き育ちけるミクロネシアのうなぎ、神さぶ
恋歌の一とはきっとあの頃ね ふりつむ雪の重りゆかんに
口とざし眠るどの子も ひっそりと銃より重く紙のあれかし
鳥どちは蒼天を摩り蒼天は容れてかなしむ ちぎれんばかり
ほとばしり砕くる水の羽ばたきよ いにしえ春の始まりは白
わかき日にまさりてぞ恋 目つむればあのゆたけくてはるかなる四時
・
21号は、年内発行を予定しております。
また、21号は、ほかに原稿用紙にして約60枚の古典研究、「『定家十体』考」を掲載。
随時エッセイとして、「松木靖夫さん。そして境涯詠のことなど」を掲載。
ご寄稿では、石川実(サンタ)さんの「現代説話集」の掲載があります。
小誌は、創刊号から第5号まで、個人誌でした。第6号から20号までを結社誌(主宰誌)として、ご寄稿の一部の方に実作指導を施すなどさせていただきました。
そしてこの21号(もしくは22号)から、再び個人誌になります。
ひきつづきよろしくお願い申し上げます。
………………………………………………………………
アイアン・ボトム・サウンド
辰巳泰子
アムリタ
晒されて解剖実習室にいるラフランスはや破水していて
ウオトカの瓶の林立 カルテにはラフランスの体液を交換すと
ウオトカは消毒液と匂い似ん 梁見えていし廊下の記憶
逃げようとしていたひとに傷ついたラフランス去年(こぞ)の九月の味す
ウオトカの安きを提げて醸すなり不遇なおんなのごとき果実を
海底墓標三千七百隻の船 時限装置としてぞ腐蝕す
韃靼海峡を蝶は越ゆ ジャポニカ種うなぎはマリワナを目指しゆく
海溝にレプトケファルス幼生す マリンスノーを離乳食とし
身体九穴おおまがどきを吸うごとし 光(て)りつつかづくコバルト青に
死ねないでたたかう薬アムリタをあの海に流さずいてほしい
弥勒
干さるるというにあらねど非正規の雇用の谷を閑居している
受苦でしかなきことうたう憶良かな もみづるまでの貧しさと税
いつも堤で見かけるあの子 ハクセキレイを骨のごとくに連れかえらんか
側溝に不明のこども埋めらるる しんぶんがみのインクに巻かれ
「労務者ふうの男が」という書き出しで目撃情報がつくられつ
砂場にはおもちゃと楓ふきだまる児童ゆうえん高架下の暗み
無為の日を公園で将棋さす人ら 更地に隣るホテル富士
紅旗征戎よそごとなれど踏み場なしかえでもみじの吹きつける宿
わが禄は飲めば飲むほど消えてゆく それでも弥勒待つ気にはなる
チェックアウトの手続きをして国道は見ごろしにしてやまぬ大空
観音びらき
音階や色彩JIS そのどれでもなく 想いにあえぬ私でありぬ
シルクハットの水飲み鳥がなつかしい 鳥たるゆえん翼にあらず
かごめかごめ シルクハットと嘴の飛ぶことを知らざる熱機関
櫛おきて観音びらき 片翼に昭和時代のいくさが映る
水飲み鳥かざる店の子 左利き 何かぶつぶつ鏡文字かく
釣り銭が籠に吊られてぶらさがる公設市場の川うお屋
ダイヤモンドの針もて甦(かえ)るたたら唄 この声の人らいかにいまさん
やんばるくいな よあけのばんの国道で何に見とれた やんばるくいな
やんばるくいな よあけのばんにでて轢かれ 視えざる者ら踏む交差点
こんなふうに泣いてあなたを困らせた水琴窟の風にまぎれて
炉の火
桐箱にかたかた鳴るは一郎の骨とぞ まこと一郎なりや
一郎にあらずと骨のかたる名はドブロホースト ウクライナびと
お隣のお国もさきほどお買い上げ せかいへいわのための火薬庫
割れ窓の海をかづきて高架下 少年ら一つ落書に舫う
しんぶんを売らねばならず挑発を「北の脅威」と書きて、そののち
原発雇用、軍需雇用が口あけて節分まぎわ経営かたる
国民皆兵 武器と電気をつくるため 増税たえよ賦課金はらえ
日当たりの良ければ桐の木を植えし 今パネル敷くあきつしまびと
スロットのように数字の並びたり 賦課金制度ゆかしきものか
春の夜の電気使えば使うほど当たり遠のくポイント制度
かざまうら、佐井村そして六ヶ所へ 賽の目を振りつつ旅したね
さいころを振れば真赤き目はひとつ 炉の火といえば鬼めくごとし
たたなづく原野を裂きて原燃のうえ旋回す 啼くまじの鳥
残り湯は思ったよりも温かく水の比熱に手を泳がせる
あれが石油 備蓄のタンク遠巻きに光れる眺め しもきたの春
そのかみは飛び移る火でありしもの 生命維持の電気をおもう
春寒の電子レンジに解凍す 父の贈りてくれし鰻を
金策に万策尽きてとっておき 封を切らばや冷凍うなぎ
ジャポニカをロストラータが駆逐してアンギラ・アンギラ 売り場がわらう
閣議決定みな死ぬるころ奉れ 二〇五〇年まぼろしの炉を
パンデミック
猛暑日を地膚ただれていし猫とあらたまの年あけて目が遭う
鳩よけの網にかかりし鳩おりぬ 大寒波ふきさらす踊り場
暴風夜 手すりのきわに膨らみて野鳥おおむね夜目利くらしき
温血のついばみ剝いて穴あけて生きゆく手立て鋭くありぬ
ハクビシン パンデミックに殖えたりと巡査立ち去る暴風夜
トンネルに弾む落書はスプレー字 緊急事態宣言ながし
君はどうしてまともになれた からし種ひと粒にいたるまで不公平
開拓団の凍結せし子 旧満州の潰えし路地に蹴られていしは
無修正版グリム童話のなかに棲むまひる人妻とまぐわう牧師
フクロウは納屋ごと焼かれ仕立て屋は天国へ行けないというはなし
夜祭
バセドウを病みて蟄居のなぐさめに「檸檬」それからブルーノ・シュルツ
バセドウの厳重管理あけて秋 労働者として持ち重りゆく
筋肉の自家炎症に歩けぬ日 肉桂色が持つJISコード
隆起する甲状腺のハート型 のどぶえにいますクインとキング
天命に仕えんために虫となるシュルツの父の無用ねぎらう
兵馬俑あざやけく絵付けせし人も囚われびとか ブルーノ・シュルツ
俑なれど死後には自由なる男 陵(みささぎ)はよくよく囲まれよ
片割れが片割れの死を橇に挽くロシア・ビヨンド 絵詞として
喫煙に子供は飢餓のやわらぐとネフスキイ大通り席捲さる
夜祭の射的にぎわい ここ行かば 微笑んで戦争の正義が奪う
願い
焼肉店、斎場そしてホスピタル 三角を結ぶ異様なる近さ
斎場の案内板を置くあたり 横に列なる団塊世代
私ひとりこの世はぐれて在るごとく日暮れてのぞく通りいろいろ
水無月に沈みゆく街まつよいの黄の花立てり罪もなかりき
朝焼けの一刷毛消えておもむろに夕映えの空 八重垣の奥
むらぎものうちかさなりて雲あかし くぬぎの空へ匂うわがシャツ
磐座にいませる神をおもうなり まぐわうというぎりぎりの場所
石工なからば イシクナカラバ 古代神いまさざらむを かいなの翳り
たまぼこの道に出で立ちする祈り 女男(めお)ただ一対のくまぐましき祈り
鬼しこの草だに花のときを生く 願いを放ちたきゆうまぐれ
縄文
お空をね月のお尻が歩いてた 捥いで置いたらお酒になった
ごろり縄目を転がしゆけばお月さん傷だらけになるまえに、交代だ
兵士らはふつうのやさしい男たち 麻薬打たれて特攻かけた
フラッシュバックの引き金は音 慰安婦と呼ばれしひとの牡丹花のごと
電子文書の処分は易し 枝垂れよ口伝 かえす潮のごとくかなしき
残んのしずく 口伝のひとの時計をば次へ次へと止めゆく神は
おそ秋に二つの甕を仕込みつつ口結ぼほる 離せぬように
熊ざさの隈どり白し黄昏れてさやらさやらとなにかまじなう
蜜帯びてはなはだ硬しかりんの実 割ればほのぼの泣く子のおもて
まさぐれば鼓動をはらみうち湿る縄文のふところに眠れよ
マリンスノー
サングラス越しの日差しに秋立ちてくだれる坂の此処 遮(さえ)の神
照らされて一葉の乾き丸まれりここに棲まえとほとけ仄笑む
南島にて施餓鬼ひた待つ いつかの私 マリンスノーをおなかに詰めて
重金属おびてしおかぜ みなみかぜ 磯菜つむ子ら吹かれてあるを
アイアン・ボトム・サウンドを聴き育ちけるミクロネシアのうなぎ、神さぶ
恋歌の一とはきっとあの頃ね ふりつむ雪の重りゆかんに
口とざし眠るどの子も ひっそりと銃より重く紙のあれかし
鳥どちは蒼天を摩り蒼天は容れてかなしむ ちぎれんばかり
ほとばしり砕くる水の羽ばたきよ いにしえ春の始まりは白
わかき日にまさりてぞ恋 目つむればあのゆたけくてはるかなる四時
・