田川市石炭・歴史博物館のブログ

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神功皇后伝説No.2

2019年08月02日 | 日記

みなさん、こんにちは

前回は風治八幡宮に伝わる「神功皇后御腰掛石」を紹介しました。

田川市にはこの神功皇后にまつわる伝説地がもう一か所あるのです。知っていますか?

ということで、今回は神功皇后伝説第2弾です

場所は国道201号線、川宮の「若咲神社バス停」横です

   

                              神功皇后御水鏡伝説地

その昔、朝鮮出兵を終えて帰国した神功皇后は、筑前国加陀里(かだのさと=現.宇美町)で御子を出産しました。

それから京へ戻る途中、しょうけ越えをして大分里(だいぶのさと=旧.筑穂町、現.飯塚市)に入り、

綱分(つなわき=旧.庄内町、現.飯塚市)から関の山を通って弓削田に着きました。

                  

                                若咲神社

皇后はそばにあった池のほとりで休息し、池の水に自分の顔を写して「まだ、顔の色 艶はなくなっていない

若さも衰えてなく、 木に咲く花のようだ。」と言ったそうです

それでこの池を若咲池(わかさがいけ)と呼び、この地に神社を建立して若咲神社としました。

それからこの地から箱根(現在地不明)というところを通って位登宮(現. 位登八幡神社)まで行ったということです。

風治八幡宮の「神功皇后御腰掛石」伝説には見られない、皇后の田川へ入る経路にふれた伝説です。