天皇陛下の靖国神社御親拝を希望する会会長

日本人の歴史認識は間違っています。皇紀2675年こんなに続いた国は世界の何処を探しても日本しかありません。

デマ崎雅弘

2016-07-18 21:25:28 | 時事

戦史家で反安倍、反日本会議に異様なまでに執念を燃やす親朝日、親リテラ系の山崎雅弘氏が未だ日本人を惑わすツイートを発見した(ツイートは彼からブロックされているためいちいちアカウントをログアウトしグーグル経由で閲覧という手間をかけ常に監視していないと時折問題ツイートを量産するからである。) のでここにコピペし、解説を加えたいと思う。

その切っ掛けとなったのが東大教授小堀桂一郎先生の生前退位に関するツイートからである。


『小堀桂一郎(日本会議副会長)「天皇の生前御退位を可とする如き前例を今敢えて作る事は、事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻である」(産経) 日本会議の本音が出てきた。「生前退位は国体の破壊」という1930年代感がすごい。』

まず肩書きからして小堀氏は日本の文学者。東京大学・明星大学名誉教授。専攻はドイツ文学、比較文学、比較文化、日本思想史。が至って一般的である。
彼が日本会議会長と肩書き風キャプションを入れるのはお解りのように徹底した反日本会議、日本会議叩きをしている朝日イズムの戦史家であるからだ。

"本音"や"すごい"などその言葉単体では平板な言葉を駆使して相手を貶める手法はまさに朝日イズムの表れであり、特徴は自分は傷付かないよう貶め不安を煽るやり方だ。

小堀氏を貶めたい理由は肩書きよりも次の経歴が分かりやすい。

小堀氏は女性天皇・女系天皇を否認する「皇室典範問題研究会」の会長となり「皇室典範に関する有識者会議」の方針には反対の論陣を張っている。

次に揚げるツイートでもわかるように自分のイデオロギーにあった学者、作家の意見を選択してそれに沿った自分の考えを論評的に載せているだけに留まる。

結局は彼の言う1930代を全て比定したい、あわよくばその戦前に戻るという単に危機や不安を煽るだけの著書が売れれば良いのだろう。





山崎氏ツイート
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『原武史「天皇制の歴史では、生前譲位が行われた時期のほうが圧倒的に長いのです。それが明治以降、できなくなった。そうした『つくられた伝統』から脱し、天皇制の本来の姿に回帰しようという意識が強いのでしょう」(朝日)

御厨貴「今の陛下は即位の時から現憲法下での天皇です。退位や譲位について、客観的、価値中立的に考えることができるのでしょう」

半藤一利「『生前退位』のご意向が天皇陛下にあるとすれば、国民一人ひとりが、皇室のありようと国のかたちをどうするか、しっかり考えて欲しい、というメッセージではないでしょうか」
「陛下も(自民党改憲案を支持する人々が望む)元首としての天皇などという戦前の姿に戻ることは、およそお望みではないと思います。国民に敬愛され、信頼され、緩やかに日本をまとめている現在のあり方こそが、天皇制の長い歴史の中で、伝統であり、本来の姿であるとお考えであると思います」』


『日本国憲法の第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあるが、皇室典範を改定して生前退位を認めるか否かを国民投票で決めるのも一案だろう。「政府代表者」が密室で決定するなら「国民の総意に基づく」形式を作れない。』


『天皇が生前退位のご意向という報道を宮内庁が否定するのは、認めてしまうと「天皇の政治介入」になるからだという解釈があるが、一人の人間が自分の晩年の過ごし方を自分で決めたいと意志表示する行為を「政治だから駄目」と切り捨てる状態を今後も続けるのか? 人間の根源に関わる事柄じゃないのか?』

『日本国憲法をはじめ、GHQ主導で行われた戦後日本の施策を全否定する日本会議は、当然天皇の「人間宣言」も尊重する気がない。一人の人間と認めない。麻生副総理の言葉が示すように「生前退位は認められないが、摂政なら認めてやってもいい」と、まるで自分の支配下にある手駒のようなつもりでいる。』

『「政府関係者の憲法4条に関する見解は、『天皇は政治的行為を憲法上禁止されており、今回の天皇の意向の表明はそれに抵触している』という理解のようです。しかしそれは正しくありません」(なか2656の法務ブログ)
「4条1項を通してみると、天皇は形式的・儀礼的行為はできるが、政治的行為をする権能は有しないのです」「そもそも天皇は政治的な権利能力が無いのであって、かりに政治的に責任をとるような行為をしようとしても、それをしようがないのです。したがって7月14日の政府関係者の憲法4条に関する説明は明らかに誤っています」
「また、憲法16条は国に対する法律の制定・改廃などの『請願権』を定めています。その主体は『何人も』とされています。いかに天皇が『象徴』として人権制約がされていようとも、人間である以上、『何人も』から排除されているとはおよそ思えません」「80を超える高齢の方がもう職から退き引退をしたいという意向を示したというとき、それを『憲法上無理』というのは、あまりにも『一億総ブラック国家』すぎるのではないでしょうか」
「国会が今回の意向を知り、天皇の年齢や健康状態を鑑みて、法律の一形式としての皇室典範を審議・改正することは、別に憲法4条違反であるとは思えません」
「むしろ逆に、それを行わないことは、国会の著しい立法不作為にあたり、違法性を帯びるのではないでしょうか。象徴天皇とはいえ、人間であるのですから、天皇という地位の範囲内で、可能な限りの健康で文化的な最低限度の生活を保障すべきです」
私も同意。常識的な見解だと思う。』
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【原武史】日本の政治学者、放送大学教授、明治学院大学名誉教授。専攻は、日本政治思想史。近現代の天皇・皇室・神道の研究を専門とする。また、「鉄道」や「団地」や「広場」の研究を進めるなかで、抽象的な言説ではなく、具体的な場所に着目する「空間政治学」を提唱している。阪急電鉄の小林一三、東急電鉄の五島慶太、西武鉄道の堤康次郎といった鉄道事業家たちに強い関心を示している。朝日、岩波系

【御厨貴】(みくりや たかし、1951年4月27日 - )は、日本の政治史学者・政治学者(博士(学術))。東京大学・東京都立大学名誉教授。放送大学客員教授。青山学院大学国際政治経済学研究科特任教授。専門は、近現代日本政治史、オーラル・ヒストリー。復興庁復興推進委員会委員長代理を歴任。高校時代に「平沼騏一郎と国本社」という論文を校友誌に発表したところ、「朝日新聞」文化面のコラムで紹介され、政治史研究者への道を強く意識した。

【半藤一利】(はんどう かずとし 1930年(昭和5年)5月21日 - )は、日本の作家、随筆家。近現代史、特に昭和史に関し人物論・史論を、対談・座談も含め多く刊行している。
靖国神社におけるA級戦犯の合祀には極めて批判的である。昭和天皇については、当時の軍部による暴走を押し留めようとしたことを肯定的に評価しているが、昭和天皇の戦争責任についても否定していない。近年[いつ?]は護憲派としての活動を積極的に行っており、「憲法9条を守るのではなく育てる」のが持論。(宮内庁長官を務めた富田朝彦の日記メモ)を記事化前に秦郁彦らとともに鑑定し、これを本物と断定した。

更に分かりやすいのが
【(御厨貴・原武史)半藤、共著で『卜部日記・富田メモで読む人間・昭和天皇』(朝日新聞出版,2008年)】で、全て"朝日"で繋がる。

結局のところ今回の退位報道はその根底で富田メモに繋がるという事である。

半藤氏は上記にもある様に戦犯合祀否定派で富田メモが本物(内容は度外視)という当たり前の断定をする心の中で天皇の戦争責任と皇室を否定している作家に過ぎないのだ。

この様に彼等"朝日グループ"はお互いを助け合って理論武装し、戦前と戦争を全て否定してあわよくば皇室の解体という目的意識の錦の御旗のもとに国民を先導しようとしている。



産経ニュースGJ

2016-07-18 07:29:08 | 時事
今回の新聞各社の横並びの見出しには違和感を感じていた。特に産経までもが同じ生前退位の見出しを付けていたからだ。
案の定国民は天皇陛下の御身体を思いやって横並びの同情論が中心となって、感情論で語られる。

そこに来ての小堀氏の記事の掲載は的を射ており
まさしく「鶴の一声」となったように思う。
是非皆さんも噛み締めながら熟読して頂きたい。


産経ニュース

東大名誉教授(日本思想史)・小堀桂一郎氏 「摂政の冊立が最善」


 今上陛下の践祚(せんそ)は昭和64年1月の事だったから、昭和8年生まれの陛下はその時宝算(ほうさん)56であられた。これは先帝陛下が大正10年宝算20(満年齢では19年7箇月)で摂政の位に就かれ、事実上国家元首としての重任を果たされることになったのと比べると甚だ遅い登極(とうきょく)である。いわゆる還暦の年を以て老人の仲間に入ったと見る習俗に倣えば、陛下は御即位の年に既に老齢に近づいておられた。

 爾来(じらい)28年に亘り、国民統合の象徴として民生の安寧への最高の配慮者として、皇室外交の少し域外にまではみ出した責務の担い手として、陛下は実に精励に君主としての重責を果たして来られた。殊に近年、硫黄島、サイパン、パラオ、フィリピンなどの戦蹟地への慰霊鎮魂の御旅行は、既に御高齢と病気による御体調の不良を押しての強行軍であっただけに、そのお疲れもさぞかしと拝察申し上げ、国民の一人として感謝と恐懼(きょうく)の思いに堪えない。

 それだけに、陛下には、平成の名を負う御代の御治世の御事蹟として、既に為すべきことの殆ど全てを為し果(おお)せた、これ以上為すべき責務は何程も残っていない、我が事おわれり、といった自足の感をお持ちなのではないかとの忖度(そんたく)が働く。それが同時に此以降の国事への御尽瘁(じんすい)は従来に比べるととかく欠ける所が目立つ事になろうとの御不安の感を呼ぶのかもしれない。いわゆる完璧主義の感覚を陛下がお持ちであるとすれば、生前退位のご希望が萌(きざ)すのも尤(もっと)もであると肯定的に考える向もあろう。

 然しここで、大正の御代の末、諸般の国事遂行の不如意を来された父帝に代わって摂政に立たれた先帝陛下とその先代の御事蹟を想い起こして頂きたい。日本の天皇はその為す所によってのみならず、唯国家元首として在位して居て頂くだけで、国家にとって十分の意味を有する存在なのである。天皇御自身は無為であっても、必要な皇室祭祀と国事行為とは、摂政宮殿下に代行をお任せ遊ばされればそれでよい。その代行は次代の天皇にとってのよき御修練の場ともなるであろう。

 もし実際に退位の御希望に添わんとならば、現行皇室典範の増補改訂は必須の前提となる。皇族を構成する宮家の数を増やす方向への改訂ならば、民間有志の皇室法研究団体の幾つかが既にかなりの検討の成果を蓄積しているが、生前御退位という思いがけぬ事態に備えての研究は全く白紙状態である。皇室伝統の人為的変更という非常事態への対応に、拙速は厳に慎むべく、いったいどれほどの歳月を要するか、いや果たしてその変更が法的に公論として可能かどうかすら覚束(おぼつか)ない。

 範例となりそうな前例を求めて、遡って国史を繙(ひもと)いてみても出てくるのは否定的材料の方が遙かに多い。退位された前天皇の国法上の地位、処遇、称号の問題。明治天皇の御治定にかかる一世一元の元号の問題。何よりも、天皇の生前御退位を可とする如き前例を今敢えて作る事は、事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻である。全てを考慮した結果、この事態は摂政の冊立(さくりつ)を以て切り抜けるのが最善だ、との結論になる。(談)