十五夜を撮影した後、空を見回して何を撮ろうかと考えた。しかし靄の薄く掛かった空は満月の明かりを拾って星を隠し、東の空は星座の形すらろくに分からない。そろそろ帰らなければ明日の仕事に差し支える。無理やり納得して機材を片付けると、鍵を掛けて外に出た。
明るい。みかんの丘に月の光が惜しげもなく降り注いでいる。遠くの山も近くの木々もはっきりと見え、それでいて眩しいところはどこにも無い。何だか見慣れた丘が別の場所のようだ。急いで部屋にとって返し、居間に明かりをつけて三脚を手に再び外に出た。カメラを取り付けて丘を少し下り、みかんの木の間から竹取庵を狙う。不自然な遠近感。まるでジオラマ、いや、夢に出てくる風景に良く似ている。
なぜだろう。レリーズを手にぼんやりと考えた。考えたけれども分からなかった。月光の不思議。月の光には、僕らの知らない魔法が少し含まれている。そう思えた。
南米のチリで大地震が起きた。その津波が、地球を半周して日本を襲う。巨大な波による破壊こそ無かったが、襲来の時刻がちょうど大潮の満潮と重なって、浸水の被害が出た街もあった。
竹取庵は海に近い。海岸には警報が出ていた。まさか標高70メートルを超えるみかんの丘にまで波が来る事は無いだろうが、それでも昼間レンガを積む間も海が気になった。
津波の第一波襲来時刻には海に何の変化も無く、日が暮れて作業を終えた僕は竹取庵の屋根を開けた。今日は十五夜だ。東の山にまあるいお月様が顔を出している。月の表では兎が何事も無いように餅を搗いていた。月に兎が居る訳は、古代インドの神話に由来している。帝釈天にその身を捧げようと自ら火の中に身を置いた兎を哀れみ、帝釈天が黒焦げになった兎を月に揚げたと言う。だから月の兎は黒い。
そんなことを思い出しながらこの写真を撮っていると、ふもとの海岸で突然サイレンが鳴った。その音は東から始まり、海岸を走るように西に移っていった。津波の警戒警報だ。これから潮が差して来る。そのいやな音を聞きながら僕は目を月に戻したが、兎はそ知らぬ顔で杵を握っていた。