カッパドキアは標高は1000メートルを超える高原だ。空気も乾いているから日暮れとともに一気に気温が下がる。不思議の夜空を眺めていると、右手の丘の上に月齢18の月がゆっくりと昇って来た。それはまるでおとぎの国の風景だった。こんな景色が現実に有るのだ。
カッパドキアには近くに二つの大きな火山が有る。そこから噴き出した火山灰が丘を作り、その丘を雨と雪が長い年月をかけて削り取っていった。上のほうの玄武岩と呼ばれる硬い地層を侵食した水は、その下のもろい部分火山灰が固まった凝灰岩に行き当たる。抗う事の少ないこの砂と灰の層を水はほぼ真っすぐに削り落し、まるでキノコのような奇妙な景色を作り上げた。
古代ローマ時代、ここに初めて足を踏み入れたキリスト教徒は不思議な光景に目を見張り、この谷をギョレメ=「見てはいけないもの」と名付けた。その「見てはいけないもの」を見るために世界中から人が集まり町が出来た。その町にいま月が昇る。キリスト教徒がこの奇岩を穿った頃、月明かり以外に谷を照らすものは無かったはずだ。それが今はこんなに明るい。
しかし、世界遺産に登録されたこの風景もキリスト教徒の足跡も、ギョレメを作った雨と雪が驚くほどのスピードで砂に戻してゆく。やがてこの場所はただの砂の谷に変わるだろう。そんなものだよ。昇る月は僕にそう教えてくれた。