宇宙(そら)に続く丘

プレリュード小学校1年C組のしりとりちーが案内する宇宙への道
みかんの丘は不思議へ通じるワームホール

梅雨入り

2011年05月28日 22時49分39秒 | Weblog

星の撮影が全くできないうちに、みかんの丘は梅雨入りしてしまった。接近中の台風2号が連れてきた前線のおかげで、いつもよりずいぶん早い梅雨入りだ。家の用事を済ませて午後も遅く訪れたみかんの丘。雨に煙って遠くが見えない。ただ、そんな中でも甘い香りだけはいつも通り漂っていた。
この雨では農薬を使う訳にはいかない。割り箸を使って毛虫を一匹ずつ取って行く。いる木には何匹も。みんな少しずつ大きくなっていて、激しい勢いで葉や花を食べている。冗談じゃない。

箸を休めて空を見上げる。星はいつ見えるのだろう。ここは天文台のはずなのに…

竹取庵の周りの木の毛虫を取り終えて大工仕事を少し進め、帰りにおばさんのうちに寄ってみた。どうやらこのあたりの農家の人も、みんな毛虫取りで忙しいらしい。昔ならきつい農薬を大量に振り撒くところだろうが、今はそんなことは出来ない。毎日何十匹も毛虫を取り、それが終わると実を間引く。みかんを作るのは大変だ。

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敵だらけ

2011年05月23日 03時24分56秒 | Weblog

ぱっとした天気はいつまで待ってもやって来ない。それでもみかんの丘は今週末満開を迎えた。丘は2年振りに甘い香りに包まれている。特に日曜日は黄砂も少なく、木々の緑が、そしてみかんの白い花が美しい。
ただ、この時期の丘には、大工仕事を置いてでもやらなければならない事が有る。害虫退治だ。みかんの木は今、花を咲かせるとともに新芽を伸ばしている。それを目当てに集まって来るいろいろな虫を駆除しなければ、花も葉も食いつくされて、みかんの木は細い枝だけになってしまう。

今一番多いのはクワゴマダラヒトリという大型の蛾の幼虫。この虫は親も子も愛嬌がない。この他にもハナムグリが花を食いに、アブラムシが新芽の樹液を吸いに姿を見せている。本格的な駆除の道具を持たない素人の僕は、ホームセンターに置いてあるスプレー式の殺虫剤や粒剤が武器だ。非力なようだが、何年もこうしていると良く分かる。これを怠った年は明らかにみかんの出来が悪い。悪党どもを探して木々の間を巡る間にも、アゲハ蝶が蜜を吸いながら卵を産みつけて回っていた。その卵が孵る頃にはまた防除をしなくてはならない。初夏のみかんの丘は敵だらけだ。

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咲き始めたみかんの花

2011年05月17日 08時09分24秒 | Weblog

先週の土曜日にみかんの丘に上がったとき、甘い香りが漂っているのに気がついた。そう、咲き始めている。まだまだ一分咲きにもなっていなかったが、小さなクチナシのような花があちこちで開いている。この花はいっぱいに咲いて直径が2センチほどだ。花びらが分厚く、油断しているとカナブンやハナムグリに食べられてしまう。どんな味がするのか、僕も食べてみたことがある。ちょっとみかんの皮の味がした。
今年はみかんにとって表の年。木にはたくさんのつぼみが付いている。どの時点で花を間引けばいいのか僕には分からないが、とりあえずにぎやかだからこのまま咲かせてみよう。

空は相変わらずぱっとしない。この日太陽も撮影してみたが、光球の中をうす雲が流れて行くのを見てやめてしまった。当たり前の話だが、あんなに眩しい太陽でも雲の影響はやはりある。
竹取庵一階の工事は蝸牛の歩みのように少しずつ、しかし着実に進んでいる。僕の寿命がある間に完成するのだろうか。最近ふと思うことがある。

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機械に命を吹き込む

2011年05月11日 12時26分14秒 | Weblog

みかんの丘からは離れるが、先日上坂浩光という人に会った。全国のプラネタリウムで上映され、絶賛を博しているあの『全天周映画はやぶさ』の監督だ。隣の街で講演されたのをいいことにちゃっかり便乗させてもらい、後の懇親会では事もあろうに真向かいの席でお話を聞いた。

講演は、全天周のCGアニメを創るご苦労や、JAXAから何の資料提供も無かった辛さなど多岐にわたったが、もっとも印象深かったのは、構成の段階で、上坂さんが血の通わぬ機械「小惑星探査機」を擬人化した件(くだり)だった。
僕のような人間は、猫でも花でも石でも星でも、みんな自分と同じ生きている仲間だと思ってしまう。だから、映画の中で「はやぶさ」が擬人化されていても何の違和感も無かった。しかし技術屋集団であるJAXAの人たちには、当初受け入れられなかったと言うのだ。
それを上坂さんは打ち合わせの段階でいろんな手を使い、JAXAの人たちを納得させて探査機の擬人化を押し通した。その結果映画の中で「はやぶさ」は、太陽系の生い立ちを探るためにふるさと地球を飛び立った僕らの仲間となる。
彼の孤独な長旅では日本中が心を痛め、小惑星イトカワとの出会いでは居合わせたみんなが心をときめかせた。そして大気圏再突入にあたっては、放出した小さなカプセルに思いを託しながらその身が燃え尽きた彼に涙を流した。

僕は思う。ビッグバン以来繰り返されてきた星の生と死の営みの中で、多くの元素が生まれ、それらが寄り集まって今の世界が出来ている。人も草木も、いや、探査機のような機械も同じだ。人だけが心を持つなどと考えるのは余りにも傲慢すぎると思う。

イラストレーター出身の上坂監督はそれがきっと分かっていた。那須に僕の竹取庵とは比べ物にならないフルオートのインターネット天文台を持つ上坂さんだが、宇宙に対する、いや、すべてにおいての物の見方が、実に生き物的でみずみずしい。本当に良い人に出会う事ができた。

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豊作の予感

2011年05月09日 19時24分58秒 | Weblog

僕の天文台『竹取庵』のあるみかんの丘はその名の通りみかん畑だ。ただ出荷が目的でないため栽培も本腰を入れたものではない。それだけに収穫量は自然まかせ。表の年が有れば、ほとんどみかんが実らない裏年もある。
そう、去年がそれだった。しかも春から初夏にかけて例年以上に雨がほとんど降らなかったため、いつもならむせ返るほどの甘い香りに包まれるこの丘が、去年は花の匂いがほとんどしなかったのだ。
この丘に通い始めて10年余り。あんな年はなかった。それはまるで、この丘最高のゲストとなるはずだった母ちゃんの死を予期していたかのようだった。胸が潰れるような思いで過ごした1年が過ぎ、今年みかんの木は無数のつぼみを付けている。母ちゃんの命日、5月20日頃には白い花が丘を埋め尽くし、あの香りが戻ってくるだろう。それはきっと、秋の豊作を予感させる香りになるはずだ。

天気の良かったこの日のみかんの丘だが、大工仕事を終える頃には西の空から雲が広がり、日暮れまでにはすっかり曇ってしまった。大きなカメラを持ってきたが、星の写真はまたお預け。次のチャンスを待つ。

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山稜落月

2011年05月07日 00時49分32秒 | 

観測デッキに注ぐ陽射しがまぶしい。今夜はこのまま晴れるのだろうか。大きいカメラを持ってくるべきだっただろうか。少し期待したが、いったん薄くなっていた黄砂は再びあたりに立ち込め始め、夕刻には島影も淡くなってしまった。黒点も撮れたし、今日は帰ろう。
屋根を閉め、大工道具も片づけて竹取庵に鍵を掛ける。丘を下ろうとすると、向かい側の山に細い月が掛っていた。月齢2。このあたりの地形はほとんどがなだらかだが、この山だけは少し傾斜が急だ。なんだか絵に描いたような風景だった。車を止めてカメラを向ける。明日からまた天気が悪いそうだ。次に観測デッキの屋根を開くのはかなり先になるだろう。

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小さくて大きなほくろ

2011年05月06日 12時45分41秒 | 

太陽の光と熱は強烈だ。普通の星のようにファインダーを覗いて導入するわけには行かない。観測デッキの壁に映る望遠鏡の影を手掛かりに太陽を視野の中に導いた。そして、望遠鏡の後ろに取り付けたフリップミラーと名付けられた45度に傾いた鏡の先にアイピースを取り付けて太陽面を見る。
見えた。思ったよりはるかに綺麗に見えた。光球と呼ばれる丸い太陽の上に、小さなほくろのような黒点。光球の周辺には白斑と名付けられた薄白い斑点も分かる。太陽は今活動期の真っ最中だと言うので、もう少し大きな黒点を期待していたのだが、思ったより小さい。少しさびしいが仕方が無い。この小さなほくろを中心に置いて、倍率を上げてみた。


パソコンのモニターによってはかなり暗くなるかもしれないが、これがその写真。




三つの黒い塊は、それぞれ対になっていて、磁力線の出口と入り口だと言う。その周りは少し色が変わっていて、あたり一面海の波のような薄黒い筋が見える。さすがに米粒状斑と言う名の対流の証拠までは見分けられなかった。

太陽はその質量が1.989×10の14乗テラトン。まあ、書いてみただけで何のことやら分からない。地球の33万倍と言われてもやっぱりピンと来ない。何しろ地球を離れて見た事が無いのだから。そんなでかい光の球の上にポチッと出来たほくろをこうしてみているわけだ。そのほくろと太陽の光球の大きさを写真上で測って黒点の大きさを割り出してみた。一番大きな黒点の長いほうがおよそ8600キロメートルあった。

8600キロメートル。地球の直径の3分の2にも及ぶ、小さくて大きなほくろだ。

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やっと戻った青空だけど…

2011年05月05日 23時25分42秒 | Weblog

久しぶりにブログをアップする前に、東日本大震災。そしてそれに続く原発被害で犠牲になられた方々に、心より哀悼の意を捧げます。そして、今なお辛い避難生活や復旧の作業をされている方々、どうぞお体を大切に。軽々に頑張ってとかくじけないでとか言えるほどたやすい事態で無い事は承知しております。
未曾有の大地震と大津波ではあるけれども、それらは大昔から幾度も起こってきたものだ。ただ、100年以上のスパンとなると、人はその教訓を忘れてしまうのかもしれない。他人ごとではない。今度起こるとすれば西日本だ。

さて、前にアップしてからいったい何日、いや、何ヶ月経ったろう。ようやく青空が広がったこどもの日。大工仕事片々みかんの丘に上がって竹取庵の屋根を開いた。おお、海の向こうの島が見える。久々の景色だ。今日は昼間に屋根を開いたのには訳があった。
2月以来すっきりしない空。たまに晴れた日が有っても仕事だったり月が大きかったり。そのうち激しい黄砂がやってきて、島はおろか海が有る事すら分からない。そんな日々が続いた。いつまで経っても星の写真を撮る事が出来ない。それどころか赤道儀の極軸すら合わすことが出来ない。そこで一計を捻り出した。そうだ。太陽だ。太陽だってお星様じゃないか。お日様なら少々の黄砂でも写真が撮れる。それに観測デッキには遊んでいる赤道儀と12センチの屈折望遠鏡が有るではないか。

というわけでこの望遠鏡に多少手を加えて太陽望遠鏡にとすることにした。口径を活かす為に対物レンズの前にアルミ蒸着のフィルタを置き、ドロチューブの後ろにD4のフィルターを挿入。感は見事に当たって、拡大投影法のために取り付けたカメラのシャッタースピードは感度200で125分の1。ジャストだ。

ふっふっふ。どんな写真が撮れるのだろう。と期待を膨らませた。

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