今年は天文現象が多い。良い事だ。少しでもみんなが空に関心を持ってくれると、星びいきにはなんだかうれしい。そう、金環食に続いて昨日は金星が太陽の前を横切るという天体ショーがあった。「金星の太陽面通過」と言う。一昔前は「金星日面経過」と言っていた気がする。今の言い方のほうがはるかにわかりやすい。
この太陽面通過、一部の天文施設からは太陽の上のほうを金星が斜めにまっすぐ通過する図面が発表されていたがこれは間違いだ。確かに金星の軌道は楕円だから真横から見ると直線的な動きをするのだが、地球はこの季節地軸の北側を太陽のほうに傾けた形で自転している。だから北半球の日本にいる僕らが見ると直線とは程遠い不思議な動きになるのだ。金星は午前7時半ごろ光球と呼ばれる明るい表面の左下から現れて、太陽のふちに近いところをゆっくりと時計回りに回って行き、午後1時半ごろ、その光球の右下から出てゆく。それはまるで光輝く舞台に登場したビーナスが、緩やかに舞いを舞いながら袖に消えてゆくようだ。
もちろん僕は、昨日は仕事だった。それもかなりの難題を抱えていた。仕方が無い。でも撮影したい。かなり早めの朝7時に出社して、いつもの屋上に金環食で使ったセットを運び上げる。そして望遠鏡にカメラを繋いで撮影の準備を始めた。小さいほうのカメラにインターバルタイマーをくっつけて、3分おきに撮影出来るようにする。ところがこのセッティングに意外に時間が掛かってしまった。組み上がってカメラのモニターをのぞくと、ビーナスはもう舞台に上がっているではないか。まあ先は長いんだ。今から撮っても6時間もある。という訳で、この写真は撮影開始から20分後の午前7時56分のものだ。
金環食の時と打って変わってこの日は快晴。見渡す限りの青空だった。大丈夫だろう。撮影を赤道儀とインターバルタイマーに任せて仕事に出た。ところが昼過ぎから雲が出始める。空はどうだろう、望遠鏡たちはちゃんと仕事をしているだろうか。そう思いながら午後1時前会社に戻って屋上に上がった。大丈夫だ。すべて順調に動いている。ビーナスが舞台を下りる時が近付いていた。その瞬間ブラックドロップという現象が起こるという。地球の大気の影響で太陽の端と金星の影が繋がり、黒い滴の様に見えるというのだ。
しかし、ブラックドロップが起こる直前になって太陽が千切れ雲に隠れてしまった。モニターを見ると真っ暗。その中でむなしくシャッター音が響く。ああ、くそ!そしてその3分後のシャッタータイムの時には、もうビーナスは体の4分の1を舞台の外に出してしまっていた。と言う訳でブラックドロップは見えなかった。まあいいか。今回はとりあえず成功としておこう。あわててセットしたためにピントがわずかにボケている。それだけが残念。
撮影している間、会社の仲間がひっきりなしに屋上を訪れてカメラのモニターや脇に付けたアイピースをのぞいていた。天文のPRにもなったかな。