久々に、本当に久々にみかんの丘に上がってきた。言い訳になるが、ここに戻ってこられなかったのは年々増えてゆく仕事のほかに、今年は我が家のリフォームが有ったからだ。しかし3月に始まった工事もようやく終わりが近付いて監理の必要が無くなったので、建設で残った資材の一部を竹取庵で使おうと持って上がった。
上がって驚いたのは、丘一帯ののみかん畑に柵が廻らされていたことだ。おばさんの娘さん夫婦に尋ねると、最近イノシシが畑を荒らしに来て、このあたりのみかんもかなり被害に遭っていると言う。柵は竹取庵が有る丘の斜面の、おばさん一家が所有するみかん畑を全部囲んでいた。娘さんの話では、岡山県の南東部ではここ10年ほどの間にイノシシが増えて、畑を荒らされた地区の人が電気の柵などでイノシシを締め出したために、追い出された一群が食べ物を求めてこの丘に現れたのだそうだ。
今日も資材を持って上がったご夫婦が柵を作っていたが、この畑のみかんはほとんど出荷していない。だから費用はそっくり持ち出しという事になる。それも半端な金額ではない。自治体からの補助が出るとは言うがとんでもない被害だ。「天文台に入るのが大変かな思うて、外れるようにはしてあるんよ。」と言われる。
そんなのは構わない。お手伝いが出来なかったのが残念だ。出来ればもっと強力で見栄えの良い柵を作れないか。気持ちだけが先行する。
みかん畑に入ってみると、イノシシはみかんを荒らすだけではなく畑の地中に居るミミズや昆虫の幼虫を食べるため、鼻であちこち溝を掘っていた。みかんの根も傷んでいる。とんでもない害獣だ。罠も仕掛けたんよと娘さんは大きな檻を見せてくれたが、警戒心の強いイノシシに果たして効果が有るだろうか。
今年は豪雨や台風に見舞われてみかんそのものも散々だった。裏年だったのがせめてもだが、みかんの木にとって裏年は木を立て直すための重要な期間だ。そこを叩かれては来年の収穫は期待出来ない。確かに普通の温州はほとんど実を付けていないが、大ぶりな実を付けるネーブルはそれでもまずまずの出来のようだ。
ところで今年96歳になるおばさんは、この春家の近くで転んだのを機に施設に入っていた。今はリハビリのために病院に居る。回復したのでそろそろ元の施設に戻ると言うが、いずれにしてもこの丘は今主がいない。無人の丘。覚悟はしていたが、心に穴が開いたというのか、これほど寂しいとは思わなかった。
そう思いながら丘を降りる途中おばさんの家に寄った。娘さん夫婦に渡すものが有ったためだ。玄関の方に歩いていたら目の前に猫が出てくる。なかなかの美形猫。娘さんに聞くと、少し前丘に現れて、亡くなる前の太郎のご飯を食べていたようだと話してくれた。その後娘さんにすっかり懐いて「はなまる」と言う名前ももらっている。この「はなまる」のために娘さんは毎日ご飯を運んでいるそうだ。
みかんの丘の番犬太郎が星になって寂しい思いをしていたが、その跡を継ぐ番猫が居たとは。「はなまる」。かわいい名前だ。これからは僕もこの子に逢うために丘に上がろう。そしていつか、夜空を見上げながら星の物語を話して聴かせよう。丘を降りる車の中でひそかに顔がほころんだ。
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