いつまで経っても冬型の気圧配置は緩まない。青とグレーのまだら模様の空が時折雪花を散らして来る。いい加減うんざりするが仕方がなかった。今年に入ってもう何度もみかんの丘に上がっている。しかし、ちゃんと星の見えた試しがなかった。だからいつも大工仕事だけで丘の作業は終わる。
今日もそうだと思っていた。しかし、午後6時、工作が一段落して外に出ると黄昏の空から雲が吹き飛ぼうとしている。あれひょっとして。期待しながら観測デッキに上がり、恐る恐る屋根を開けてみた。しかし吹きすさぶ季節風がデッキの中を駆け回る。望遠鏡が見た目にも震えていた。これでは写真どころではない。やれやれと屋根を閉め、再び大工仕事に戻った。そして1時間ほど作業をした後竹取庵に鍵を掛けて車に向かう。見上げる星空がまばたきをしていた。撮らないの?本当に撮らないの?
氷点下の強風の中で考えた。そして決心してカメラにワイドレンズを付け、車の脇から東の空を狙う。ハイ、チーズ。今日みかんの丘に上がった記念写真だ。
アンドロメダとの境に近いペルセウス座に何となく散漫な星団がある。ガイドブックなどでは、双眼鏡で見ごたえがあると書かれているが、実際に眺めると天の川に埋もれて意外に見栄えがしない。今まで撮った事が無かったので、テスト撮影の対象にしてみた。カメラのファインダーからのぞくと、星団の中心は分かるが、どこまでが星団なのかがはっきりしなかった。
地球からの距離は1400光年。およそ100個の恒星から成り、その広がりは満月よりも大きいと星の本には書かれている。つまり、この画像に写っている明るい星のほとんどがM34の星だということだ。同じ散開星団でもペルセウスの双子やプレイアデスなどに比べてなんとインパクトの少ない星団なんだろう。これって、つまりふやけていると言う事ではないか。
それはともかく、星団の中の星はゆがんでいる上に回転している。光軸だけでなく極軸も狂ってるのかな。次に撮る前にはきっちり直そう。いずれにしても寒さが厳しくなったし、このあたりが潮時かな。時計の針は午後11時半を少し回っていた。冬の大三角に手を振って丘を降りた。
オリオンの三ツ星の左上に淡く光るガスの塊がある。M78だ。望遠鏡の光軸調整はいまひとつ完全なところまで追い込めなかったが、とりあえず星を撮ってみたいという願望のほうが先に立って筒先をオリオンに向けた。望遠鏡の何をどういじったのかと言うと、20センチ望遠鏡の筒の口に付いている小さな鏡を支えるスパイダーと呼ばれる支えの棒を、薄い金属の板のものと交換したのだ。うまくいけば明るい星から出ていた4本の角が細くなって画像が鮮明になる。今回はそれに加えて、筒の奥にある主鏡の縁にも黒いリングを入れて見た。その結果が早く知りたかったのだ。
そこで最初に狙ったのがM78だったという訳だ。この星雲は以前ピントが動いてうまく撮影できなかった曰く付きの星雲だ。M78と言えばウルトラマンの故郷として有名だ。この星雲の中にある、地球の60倍の大きさの惑星がウルトラの星というわけだが、残念な事にこの星雲は星間ガスの集まりで、ここにあるのはみんな生まれたばかりの星たちだ。だからここにウルトラの星は無い。実は原作者はウルトラの星をM87と設定していたのだが、台本の印刷屋さんがM78と誤植してしまったという裏話がある。
それはさて置き、薄もやのお陰で長時間露光が出来ない分星雲も薄くしか写らなかった。しかし、確かに星は小さく写っている。星雲のディテールも前よりはよく出ている。ただ、光軸のわずかなズレが仇となってひずんでしまった。冷えてきたし、細かな調整は次の機会と言うことにして置こう。
朝から青空が広がっていた。年末から年始にかけて日本中を襲った大寒波がようやく一息ついて、久々の穏やかな連休だ。実はその間星は撮れなかったが20センチ反射のメンテナンスをしていた。ただ、お天気のせいで星像テストをすることが出来なかったのだ。だからどうしても星が撮りたかった。
午後も遅くなって到着したみかんの丘は小春日和そのものだった。おばさんに年始の挨拶をした後竹取庵の鍵を開ける。望遠鏡を赤道儀に取り付け、観測デッキの妻を開いて光軸を調整しているうちに日が暮れた。空全体に薄いもやが掛かっているものの、雲といえるものは一つもない。東の空にオリオンが顔を出していた。このあたりは星間ガスが濃くて、あちこちで星が生まれている。オリオン座やおおいぬ座自体が元々一つの大きなガスから産まれた、言わば巨大な散開星団だ。そう考えると、このあたりに特に目立った星が多いのもうなずける。
とりあえずカメラのズームレンズを50ミリにあわせ、オリオンと全天一の輝星シリウスをあわせた構図で撮ってみた。この画像の中にも沢山のガス星雲が見える。そこに新しい星たちが生まれ、お互いの放つ光の圧力で離れてゆく。僕らの太陽もそうして生まれた星のひとつだ。