筑波大学名誉教授 進藤栄一著 “アメリカ帝国の終焉”の紹介。この本には、世界を徘徊するポピュリズムとテロリズム、泥沼化する中東、勃興するアジア型資本主義のことなどが書かれていた。また、YouTube 動画では、「一心一路とユーラシアの可能性」と題して、著者 進藤榮一氏と元首相の鳩山友紀夫氏の対談もあった。
進藤栄一氏は本の中で、地球温暖化で“北極海航路”が、通年にわたり利用できるようになるというのである。近年、北海道は海外からの注目度が高まってきているが、人口減少などで国内市場の拡大が望めないなど、北海道を取り巻く環境は厳しくなってきている。
世界経済のグローバル化に併せて食や観光などの強みを活かし、長期的な視点に立って北海道が持つポテンシャルを活かしていくことが大切である。このような中、東アジアとヨーロッパを結ぶ北極海航路が注目されてきている。
この航路は、ヨーロッパとの新たな物流ルート、そしてヨーロッパの観光客が北海道にたくさん来るようになれば、北海道の活性化にとって追い風である。特に私が住んでいた釧路市は、国際貿易港に指定されており、日本の最先端産業も利用するようになれば、釧路や十勝港のある十勝は、大変なことになる可能性がある。
ただし、地球温暖化は良いことばかりではない。熱帯地方の森林火災や異常気象は避けられないだろうし、地球温暖化で恐竜が、再び闊歩する時代が来るかも知れないのである。このように地球温暖化は、様々な面で地球を変えるかも知れなのである。
ところで釧路には、“霧の摩周湖”、“釧路湿原”、“秘境の知床”、“マリモの阿寒湖”など国立公園が三つもある。釧路のキャッチフレーズである「く・し・ろ」は、食い物が美味しい釧路、自然が一杯の釧路、ロマンティックな霧のまち釧路を表わしている。釧路に来ていない人は、是非、釧路にきて味しい魚や自然などを満喫してほしい。日本にも、こんな美しい所があったのかと驚きを隠せないと思う。
なお釧路の霧は、暖流の黒潮と寒流の親潮が海上でぶつかり合い、そのまま南風にのって北上したもので、海霧(釧路ではジリ)になる。陸上では濃霧になり、釧路川にかかる幻想的な「幣舞橋」や80キロ先の「霧の摩周湖」になるのである。
霧が発生するために釧路は大変寒い。私が住んでいた記憶では、最高温度が25度以上になるのは年間に数日で30度以上にならず、長袖シャツは着なかった。しかし最近は、地球温暖化で30度以上になるというから、釧路市はずいぶんと住みやすくなったと思う。
「十勝の活性化を考える会」会長
注) 北極海航路
日本とドイツのハンブルクを結ぶ航路。緑線はマラッカ海峡・スエズ運河経由の一般的な航路、赤線がユーラシア大陸の北を回る北極海航路。
北極海航路)とは、ユーラシア大陸北方(ロシア・シベリア沖)の北極海を通って大西洋側と太平洋側を結ぶ航路のことである。
北極海を通り、ヨーロッパとアジアを結ぶ最短航路のうちの一つで、ヨーロッパから北西に向かい北アメリカ大陸の北を回って、大西洋と太平洋を結ぶ「北西航路」と対をなす。
この航路の大部分は北極海で、20世紀まで航路として開通したことはなかったが、近年の地球温暖化による影響か、年間で夏期の2ヶ月のみ[1]だが航路として開通するようになった。残りの期間は海氷や流氷などに覆われ、航行不能となる。全地球的な気候変動により北極圏が温暖化し、北極海の海氷の範囲が縮小し、氷結する期間も減っているため、航行可能な期間が長くなりつつある。
しかし、地球温暖化による北極海の氷の減少により、距離も短く、不安定な中東にあるスエズ運河や海賊の多いアデン湾・マラッカ海峡を通らない北極海航路に注目が集まっている[3]。
2014年7月、商船三井は、ヤマル半島で生産されるLNGを北極海航路を使ってヨーロッパやアジアに輸送すると発表した。アジア方面の路線は夏限定だが、これは北極海航路の大規模な定期路線としては史上初となると同社は説明している。航路は中国海運集団との合弁会社による運航で、すでに大宇造船海洋に対して砕氷タンカーを発注し、将来的には船団を16隻まで増やす。北極海航路の利用により日数は大きく短縮され、ヨーロッパ向けは10日前後で、東アジア向けは18日で到着することになる[10][11]。
中華人民共和国は一帯一路という国策計画に『氷上のシルクロード』を2018年公表し、釧路港を「北のシンガポール港」として位置付け、北極海航路における釧路港の重要性が国際的にも明確となった。
(出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)