ソウルメイトという言葉には
一般的には、何故か深く愛し愛されるような
特別な関係を築けるものを想像してしまうものだ。
時々思う。。。
言葉は便利な反面、
屈折したイメージを人々に持たせる事がある。
このソウルメイトもそのひとつだと思う。
ソウルメイト = 愛し愛される関係の魂を持つ人
何て浮かれたイメージを持っている人も多い。
しかし、自分が知り合う全ての繋がり自体がソウルメイトであり
あれは良くて、これはダメだと思うのは
私たちが勝手に決めているだけで
その中から自分にとって、またはその時の自分にとって
必要な深い学びや体験ができる相手を
意識的に、また無意識的にお互いで選択した時に
特別な関係が成り立つだけだ。
何も深く考えていなかった
都合が良かった
そんな理由だとしても、深い関係にしようと選択したということは
無意識下での深い繋がりがあり
全ての選択、些細だと思うことも全て人との繋がりの在り方は
お互いに必要な繋がりであり、特に深いものなら尚更だ。
結婚などの表面的な形のことではなく
心の持ち方のことであり
また、関わる時間のことである。
心を持たなくても長い時間の関係があるということは
何かしら深い縁があるのだ。
ダラダラと縁を繋いでいることも選択できる。
その縁によって在る意識が、
広がることの出来る縁へと進まず止まってしまう。
それと同じで、閉じこもっていたら縁の広がりは無い。
全ての縁には繋がりがあり
必要な縁が自分の必要とするもの、進歩に応じて繋がっていく。
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