2枚の写真があります。 何か共通点は?
人物はyoーサン はい。
講義中の写真 はい。
他にないかしら?(ヒントは板書。ホワイトボードに書いた字です)
往年の文学少年の面影があるかしら?
あのころは輝いていたなぁ、なんて・・・。
はーい。額田王(ぬかたのおおきみ)で-す。ピンポーン.
額田王と言えばこの歌ですね。そして、大海人皇子との相聞歌(そうもんか)ですね。
(相聞歌とは恋人同士で交わされる歌のことで、往復書簡のラブレターのようなものです。史実とか考証的には異論はありますが、
ここはまあ romantic に行きましょう。)
この歌を、いつごろ知ったのか、もう自分でも分からないぐらいです。早熟な私?でしたから、啄木に憧れた中学生の頃かしら・・・
そして、趣味や文学系の講演や講義には、つい脱線してこの歌を紹介してしまいます。
今回は啄木なのにね。
茜(あかね)さす紫野行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る(額田王)
茜色に美しく映える紫野・標野(地名なのか範囲なのか?)で、あなたが(私に)そのように袖を振られると野守さんに見られてしまいそうで
心配です。って感じかな。
「茜さす」とは夕日のように思われますが、茜は紫に掛かる言葉です。蒲生野での遊猟、薬狩の時ですから、私は朝の陽に映えている紫野をイメージします。蒲生野は東近江辺りです。
紫草(むらさき)の匂へる妹(いも)を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも(大海人皇子)
紫草のように美しいあなたのことを憎いと思っていたら、私はこのようにあななたのことを想いません。あなたは恋をしてはいけない人妻
であるのですが。ちょっと違うかな。yoーサン流です。笑ってユルシテ。
興が乗りますと、つい脱線してしまいます。
今回は、「昔は歌ぐらい詠めないと恋愛も出来なかったよ」なんて冗談を言ったのが切っ掛けからでした。
この着物姿の写真は、書斎を整理していて発見。30年ぐらい前のものです。記憶も朧になりかけていますが、
茶道関係のお集まりではと思います。茶の湯の心について話したと思うのですが、野守りと書いていますね。
脱線してこの歌を。袖を振る意味について話したように思います。袖・そで、振れ、ふれ、もっと振れ♪ なーんて。(w)
この時代、袖を振るのは恋しい人を呼び寄せる仕草なんですねぇ。
この頃はよく和服を着ていたyoーサンでした。あのころは輝いていたんだなぁ・・・。(涙)
講義はこのくらいにして、カウンセリング研究会主催でしたから、やはり人の心の機微を感じることが大事ではないかしらと。
思いつきの余話でした。
人物はyoーサン はい。
講義中の写真 はい。
他にないかしら?(ヒントは板書。ホワイトボードに書いた字です)
往年の文学少年の面影があるかしら?
あのころは輝いていたなぁ、なんて・・・。
はーい。額田王(ぬかたのおおきみ)で-す。ピンポーン.
額田王と言えばこの歌ですね。そして、大海人皇子との相聞歌(そうもんか)ですね。
(相聞歌とは恋人同士で交わされる歌のことで、往復書簡のラブレターのようなものです。史実とか考証的には異論はありますが、
ここはまあ romantic に行きましょう。)
この歌を、いつごろ知ったのか、もう自分でも分からないぐらいです。早熟な私?でしたから、啄木に憧れた中学生の頃かしら・・・
そして、趣味や文学系の講演や講義には、つい脱線してこの歌を紹介してしまいます。
今回は啄木なのにね。
茜(あかね)さす紫野行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る(額田王)
茜色に美しく映える紫野・標野(地名なのか範囲なのか?)で、あなたが(私に)そのように袖を振られると野守さんに見られてしまいそうで
心配です。って感じかな。
「茜さす」とは夕日のように思われますが、茜は紫に掛かる言葉です。蒲生野での遊猟、薬狩の時ですから、私は朝の陽に映えている紫野をイメージします。蒲生野は東近江辺りです。
紫草(むらさき)の匂へる妹(いも)を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも(大海人皇子)
紫草のように美しいあなたのことを憎いと思っていたら、私はこのようにあななたのことを想いません。あなたは恋をしてはいけない人妻
であるのですが。ちょっと違うかな。yoーサン流です。笑ってユルシテ。
興が乗りますと、つい脱線してしまいます。
今回は、「昔は歌ぐらい詠めないと恋愛も出来なかったよ」なんて冗談を言ったのが切っ掛けからでした。
この着物姿の写真は、書斎を整理していて発見。30年ぐらい前のものです。記憶も朧になりかけていますが、
茶道関係のお集まりではと思います。茶の湯の心について話したと思うのですが、野守りと書いていますね。
脱線してこの歌を。袖を振る意味について話したように思います。袖・そで、振れ、ふれ、もっと振れ♪ なーんて。(w)
この時代、袖を振るのは恋しい人を呼び寄せる仕草なんですねぇ。
この頃はよく和服を着ていたyoーサンでした。あのころは輝いていたんだなぁ・・・。(涙)
講義はこのくらいにして、カウンセリング研究会主催でしたから、やはり人の心の機微を感じることが大事ではないかしらと。
思いつきの余話でした。
別便で、啄木関係の書籍送らせてもらいます。
相変わらずのご活躍羨望致します。
公的な活躍ができる人はいつまでも輝いていますね。
ぼくは相変わらず言葉遊びに耽り、児戯リスト楽しんでいます。観念遊びが昂じて、交心者もいなくなっていくばかりです。
それでも言葉あそびに夢中耽溺ですから、墓場までつづくのでしょうね。
墓場も銀河の外に創りました。
独り馬鹿です。
またお寄りして、心をリフレッシュさせて貰います。
台風被害ありませんでしたか・・・