秋かぜや碓氷のふもと荒れ寂びし 坂本の宿の糸繰の唄
牧水の歌である。坂本は中山道の往年の宿場町であった。この歌は明治の末期の作だが、この頃には坂本宿はもうすっかり寂れていたようだ。一度は訪いたいと思いつつ果たせずにいる。
★久々に旧い友よりの電話である。もうかれこれ4、5年は音信不通であった。
「元気!?」
「うん、まあまあやってる」
「啄木は?」(啄木の講座をしているのかと聞いている)
「出番がなくて・・・」
「そうかあ。コロナだよなあ。ところでお酒は?」
「あまり・・・」
「今日は何の日か知ってる?」
「えっ?!」
「yo-サン らしくないなぁ。愛酒の日・・・」
「牧水忌だったかな・・・」
「ちがう。誕生日」 ・・・・・
★と、こんな調子でぽつりぽつりと。8月24日は牧水の生誕の日だから、酒を愛した牧水に因んで「愛酒の日」とは。牧水もさぞや苦笑していることだろう。
昔、彼とよく飲みに行った。互いに誘い誘われ。福井市の繁華街、赤い灯青い灯のカタマチのスナックであった。二人で梯子もした。
その頃、私は洋酒で「パーじいさん」(Old Parr ・スコッチ)をキープしていた。平成の初めの頃のことである。
今はもう洋酒はやらない。日本酒もたまにしか飲まなくなった。加齢なのか。ひとり酒も侘しいこともあるのだが。
ママやあのコたちは昔の名前で出ているのだろうか。いやいやもうとっくに足を洗ったことだろう。
まさにGood old days よき日々だった。
★閑話休題:牧水のことは何度か書いたり、啄木の話をするときにはよく触れていた。
牧水の歌は啄木とはまた違っていい。お酒が入ると私はよくその
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり
を朗誦した。彼は短歌や文学に特に関心があるタイプではないが、私とは話があった。そしてこの歌を気に入り、二人で人生について若いなりにも、しみじみ語り合ったものだ。
されど、牧水の歌はやはりこの歌。これほど人口に膾炙された歌はないだろう。
白鳥はかなしからずや空の青 海のあをにも染まずただよう
以前にも少し書いたが今は昔、文芸部の顧問をしていたとき、女生徒がこの一首をよく口遊んでいた。彼女は何故か「はくちょうは・・・」と読んだ。私は「しらとり だよ」と言ったが、彼女はその時は「しらとり」にしたが、次にはまた一向に直さず「はくちょう」のままだった。私はもうそのままにしていた。
単に読み慣れているためなのか、それとも「はくちょう」の語韻が好きだったのかも知れないと思う。
今思うと「はくちょう」でよかったかな、なんて感じている。その彼女は今は何処にいるのだろうか。もう50前後だろう。
由なしこと、まことにつまらぬことを連ねてしまった。実はいま、yo-サンのお顔はほんのりさくら色。秋の夜とも言えないがどうぞご寛容に。今宵これにて。