朝日新聞の連載小説「また会う日まで」が2020年8月から始まっています。
第1章 終わりの思い
第2章 海軍兵学校
第3章 練習艦隊
第4章 第七戒
第5章 海から陸へ、空へ
第6章 三つの光、一つの闇
第7章 チヨよ、チヨよ
第8章 ローソップ島
第9章 ベターハーフ
第10章 潜水艦とスカーレット・オハラ
第11章 緒戦とその後
第12章 戦争の日常
第13章 立教高等女学校
第14章 東京から笠岡へ
第15章 終戦/敗戦
が11月1日から11月30日まで29回の連載で終わった。
1945年3月10日の東京大空襲で、わたしの所属する築地の水路部も被災した。
かねて準備していた通り、岡山の笠岡に分室を設け、家族と共に疎開した。
8月8日の夜、この町のすぐ近くの福山が空襲に遭った。
予兆はあった。数日前、敵機が捲いたという伝単(ビラ)。
爆弾を投下しているB-29の写真の周囲に都市の名がある。長野、高岡、久留米、
福山、富山、舞鶴、大津、西ノ宮、前橋、郡山、八王子、水戸
8月9日夕刻。
わたしは、笠岡分室の部長室で執務をしていた。
部下の一人が何か文書を持ってきて、机の上にそっと裏返しに置いて無言で出ていった。
本省からの電信だった
ナガサキニシンガタバクダン」シナイハゼンメツノモヤウ」カイグンシヤウ
短い布告を書いた号外が配られた
けふ正午に重大放送 国民必ず厳粛に聴取せよ
やがて新聞に正文が載った
「本省から訓令が来た。文書ヲスベテ焼却セヨ」
1934年の南洋ローソップ島と1943年の北海道の皆既日食の観測も成功に終った。
運がよかったとも言えるが運を支える技術の用意はあった。
10月になって笠岡の町にもアメリカ兵がやってきた。
「今日はこちらに保管されている海図の引き取りに来ました」
「それはわたしが要請したことだ」
「これが受領証です。私たちが略奪したのでないことの証明になる」
「そしてわたしにとってはこれを横流ししたのでないことの証明になる」
天文学者としての職が得られるのが最も望ましい。
その先でわたしは夢想した。
わたしはずっと応用天文学をやってきた。航海の役に立つ計算をしてきた。
この先は純粋な天文学、天文台に勤めて望遠鏡を覗くような、銀河の生成を
探るような分野に進みたい。開戦直前に届いた最後の学術雑誌でカール・セイ
ファートという学者の業績を見たことを覚えている。なぜか羨ましいと思った。
しかし、現実の話、そもそも天文学への復帰は可能だろうか。進駐軍が支配する
日本にわたしの地位はあるだろうか。
★毎朝、朝食を摂りながら新聞を読む。
新聞の連載小説を読むのは初めてだ。読み続けていると、次回が待ち遠しい。