蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

子は親を選べない、だから自分を選ぶ。出生コホート考 2

2025年03月03日 | 小説

(2025年3月3日)英国のコホート調査を前回に続いて紹介します。本書(ライフ・プロジェクト、ピアソン著大田訳、みすず書房)中のファインスタイン・グラフの手書き写し図1は逆転の状況=前回説明。図2はその伝えかけ。内容は字義の通りでその1は;多くの子は小学低学年での学業位置を高学年に向けて水平に維持する。優秀な子は優秀なまま、低迷する子は高学年でも成績はわるい(水平線)。2しかし2の例外があった、優秀な労働者家庭の子は11歳を前に、低迷だった中流家庭の子に逆転される(下向きと上向き曲線)
11歳に何が待ち構えるか。英国一斉の選抜試験(イレブンプラス、GCSE)。合格者は一般の中高校(グラマースクール)に進学できる。高等教育(大学)につながる道が開ける。不合格者は職業訓練学校に進学する。前者は専門知識、資格に結びつく教育を受けられる。片方にはその機会は閉ざされ、肉体労働的仕事に就業する、その待遇に甘んじる生活を選ぶ。11歳にして人生の可能性の上層下層が振り分けられてしまう。


本書ライフ・プロジェクト

11歳を前に下層優秀子が中層凡庸子に抜かれてしまうファインスタイン・グラフ。手書きの写し(前回掲載)

グラフの伝えかけ

(本書で仕入れた挿話。ジョン・レノン(ビートルズ)は労働者家庭の子ながら11歳試験に合格した。祖母は大喜びして青いラーレー自転車をプレゼントした。グラマースクールに入学するも、法律を学んで弁護士になるとかには関心が薄れ、音楽を選び才能が開花した)
一図の逆転に戻ろう。

著者は親の関与の差が逆転に現れた結果と分析している。中流階層の家庭では親も中流の職場勤め。中の上となると医師、弁護士、経営者など資格者、財産家。子には、自身が確立した業職に踏みとどまれる教育を切望する。勉強する環境、自室、机を揃え、更に塾に通わせる家庭教師を当てる(こうした資料、例えば親の職業、家の間取り、自室はあるかなどは調査の原簿に揃っている。それらの項目から出自階層を想定し学業を経年で結びつける。出生コホートの強みです)。
他方、労働者階層では親は子の教育に無関心。自室、机などもあてがわれていない。金のかかる塾に通うことなど考えられない。我が子に学問を全うしないと出世できないーと絶対に言わない(らしい)。子も学業への関心が薄れ、11歳を迎える頃には選抜合格の水準には達しない(ようだ)。

父親は稼いだ金を一日一本のウィスキーに無駄遣いし、酔っ払っては無意味説教に時間を費やし、スティーブ・クリスマス(コホート対象子)など兄弟を深夜まで眠らせない。11歳になってテストを受けたとき「自分がなぜそのテストを受けているのか分かっていなかった」答案紙を白紙で出した(78頁)。
著者はこの逆転の舞台裏を一言で論評している「子は親を選べない」(本書から)。
選抜試験の制度と階層によっての取り組みの差、さらに図1の逆転を併せ読むと、弁護士の子は弁護士に、医師の子は医師を継ぐ。労働者の親に当たってしまった子は労働者になるしかない、蛙の子は蛙。
こんな社会が浮かび上がるのだが、それが階層社会とされる英国の姿であろう。「ブランデン=コホート分析者=が見つけたのは社会流動性の悪化である。1970年生まれの子の収入は、58年生まれの子以上に、親の所得と強く結びついていた。イギリス国民は生まれたときの経済状況に縛られている。229頁」

出生コホートについて著者にしても長くこれを知らず、一般に膾炙されていなかった背景は英国社会の閉鎖性、階層分断の病理があからさまになっている、その事態が突きつけられるとしたらの為政者の怖れ、体制側の自己防御が働いていたのかもしれない。
蛙の子が終わりではない。トンビがタカを生む例だってあるのさ。それこそ投稿題名の後半「だから自分を選んだ」。階層を上げて新たな人生を展開する人々も報告される、

前出のクリスマスはコホートの再調査(スィープ)に25歳の状況を以下に綴っている。「姓名をマーク・スティーブンに変えた。結婚して4人の子を設けた、職業は巡査部長で仕事は辛い、銃に打たれる危険だって抱えている。寝室6、キッチンと風呂、トイレ付きの家に住む」
呑んだくれの父の醜態は継がず公職にありつき、家族を養い寝室6の家構えは、実家での生活よりも上昇している。階層上昇に成功した道のりは語られていない、改名した経緯と関連があるかもしれない。

もう一例、「落伍者」とレッテルを貼られた11歳がいかにして「自分を選んだ」かが語られる。
チータムの生活環境が語られる。長屋住まい、トイレは掘っ立て小屋。父親は線路保全、母親は紡績職工、「労働者階級」の典型、さらに幼くして父を亡くし「生まれながらの落伍」と揶揄される境遇だった。
「彼は頭が良かったがそれだけでは11歳テストをくぐり抜けられなかった。しかし不断の野心で逆境に打ち勝てると信じた。訓練校からモダンスクールに転校し(ここで親戚から援助があった)製図の技を磨いた。奨学金を勝ち取り上級学校に進み、航空機設計、情報産業などに従事した」「労働者階級生まれの不利を克服した」(94頁)保全工員の父の境遇から抜け出すのを目指し、社会的に中流と分類される専門技術職にチータムは就業できた。本書ではこうした成果の83の例が記録されるとしている、母数は46年コホートの1万7千人。
子は親を選べない、だから自分を選ぶ。出生コホート考 2 了 (3月3日)

Erratum:前回英国での出生コホートの実施回数を7としたが5。また本書の評価を「知識の地平を広げる」としたが、故小柴昌俊博士(ニュートリノ天文学創始、ノベル賞受賞)の名言(読売新聞時代の証言、ニュートリノは何の役に立つかの質問の答え)のパクリです。
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