蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

飢餓の共同幻想グルメなる無思考 中

2012年04月06日 | 小説
前回(飢餓の共同幻想グルメなる無思考=上)では「食に関する書籍雑誌が百家斉放の様を見せている。その全てが食への礼賛であり、本屋の店頭では百花繚乱の錦絵を見せつけられる思いだ」と語った。きっかけとしたのは東京・多摩図書館での企画展「おいしいものが好き」で、当ブログを読んで訪問した読者各位は小投稿子(渡来部)の感慨を共有できると思う。

食の礼賛が何を意味するかは雑誌のグラビアページをめくれば瞭然である。銀座の高級寿司店のカウンターが「天国に一番近い場」と吼える者(グルメ評論家)、黄ばんだ獣膏が枯れ草のごとく泥遊するゲンコツラーメンを食べ「恍惚に彷徨う」(編集者)者ありで、これら卑俗の至りの感慨は以下に収斂される。
前提は 美味い料理、大食らいできる料理は存在する。料理人が暇かけて材料を吟味し、手間つくして調理して、贅をこらした(あるいは意表つく)環境(小ぎれいな寿司屋やいわくありげな下町ラーメン屋など)で食うのが食事の通で、
1 美味い料理を食べるのは幸福
2 大食らいするのは幸福
が収斂の成り果てであろう。

企画展「おいしいものが好き」は戦後の雑誌書籍をほぼ網羅しているから、戦後大衆の思考そのものと言える。戦後大衆は食文化をこの程度の低レベルでしか開花出来なかった。
この低レベルとは彼らのベクトルが(頭使わず)胃袋の欲望に「こ従」するだけ。食いたいとの上向き一方向に展開するだけ、この痴態構造がもろ見える。これは大いなる食欲で無思考と私は考える。
(前回投稿で)雑誌の繚乱ぶりを見て虚しくなったと同根で、全ての中身はバナール(通俗)、食いたいなら食わせてやるの傲岸の繰り返しのステレオタイプ。呼んでいく内に誰もが愛想が尽きる筈だ。
雑誌は所詮その程度、「笑って忘れるが賢明」と忠告があれば、ありがたいが笑いだけでは済まない。「食いを礼賛する」その幼稚頭脳のレベルには民族文化を滅亡に導く卑劣な陥穽が見え隠れる。それが「飢餓の共同幻想」である。

雑誌等では「食とはコントロールできる。料理をおいしく作るには金をかけてこうやればいい、大食いしたい亡者には脂身残してこう作ればよい。金で解決するのだ」との不遜な背景がある。その構造は倒錯だとして排撃すべきであると考える。戦後の食文化は日本の歴史的にみて異端なのだ。異端を礼賛してはいけない、己も異端に染まる。

前述の収斂(旨い料理の犬食い)にもどる。私は「卑俗な感慨」としたが、なぜならそこには食の最重要な感謝の精神は何もない。戦後に欠けているのは「食の尊厳」「食べる感謝」である。米を噛みしめて空腹を癒やし、食べている幸せを天に感謝すべきだ。食を創造する農民の汗への敬い心があるべきだ。しかしグルメは尊厳を一切排除している。
感謝を忘れてはいけない、謙虚な食の精神に戻ろう。
ブームとは我々市井の者、日本人、日本民族が持つ食への崇高精神を破壊する非国民的アンチテーゼなのだ。
なぜなら、
1 料理は食べておいしいと感謝するモノだ。商業的に作る料理が食べる前からおいしいなどと主張し強要するのは倒錯だ
2 そもそも「味」なる不確実な官能を土台にして美味いまずいなどと批判するは冒涜だ。

私の知る方の例をあげる。彼は今還暦を越している、父親の晩年の子でその方は宮沢賢治の年代(賢治の生まれは1896年明治29年、友人の父も同じ生まれ)と聞いた。その父君は以前に他界しているが、その息子、私の友人に蓄積した教育には、多く明治期の生活思考、食に苦しみ尊んだ東北の精神が受け継がれている。
まだ豊かと言えない昭和30年代、彼の父が死ぬ前日(友人はその日16歳だった)豪華と言えない食卓を前に彼の父が涙こぼした。涙に濡れた食卓には、
「みそ汁はオミオツケという、尊敬のオ(ミ)を3回つける。この汁への讃辞を表す。天皇陛下様と言っても尊敬は2語だ」
オミオツケの語源は広辞苑にものっているので正しい。天皇陛下よりも偉い汁が庶民の食卓に乗っていたとは、
「子供の頃=明治30-40年代=にはオカズと呼べるものはなかった。稗粥をすすり粟と栃の実を舐めた、みそ汁=オミオツケだけがおかずだった。身体養うモノはこれしかなかった。だから尊敬の3語つけるのだ」
肺病を病んだ父親、俸給が長らく途絶えた食の苦しさの中に、待望の汁を見つけさらに別皿一つのおかずが出た幸せに明治の父は涙したのだと。
子の彼がご飯の一粒を落とせば「拾って食べろ」と父が命じた。米つくる農民の苦労を尊敬しろとも加えた。まずいと箸を置いたら明治の鉄拳がとんできた。
昭和の30年代までは飽食の蠱惑などどこにも無かった、しかし食への節度があった。食の尊厳、それは生活だった。(飢餓の共同幻想グルメなる無思考 下に続く)
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