レヴィストロースによるサルトル批判の第二部(完)を部族民通信ホームサイトに投稿した。ブログに連載した投稿記事の加筆、一部訂正となります。
この論争についてはネットでも取り上げられており、レヴィストロース勝利、サルトルの完敗の評に接します。その過程は知のあり方と知の展開において、(サルトルの語る)実存主義と弁証法理性批判(サルトルの著作)で展開する歴史弁証法とで整合性がとれないに行き着きます。レヴィストロースは実存主義を否定したのではなく、それを歴史真理(マルクス弁証法)に展開した無頓着さ、非論理を否定した訳です。
ブログにはPDFが載せられないがホームサイトでは、オリジナル3葉のPDFにリンクを張っているので、関心をお持ちの方は是非ブラウザしてください。このPDFをみるだけで両者の差異が分かり、なぜサルトルが完敗したかにも納得がいくと思います。
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(HPの開設は5月31日、これまで4回の更新を重ねています。Google順位も部族民通信では、当GooBlogを抜いて筆頭に育つに至りました。よろしくブラウザを)
サルトル来日(1966年9月)の1写真を添付します。9月20日に慶應義塾大学三田校舎を講演のために訪問した。車を離れるところ、すごい歓迎ぶりです。講演会には聴衆6000人が集まったとか。写真の奥側に見えるプラカはベトナム戦争反対とある。おそらくベ平連の活動家と思えるが、来日中に代表の小田実らと会合している(写真と内容は三田評論から借用している。肖像権、著作権に抵触する場合には連絡を乞う)