〈私〉はどこにいるか?

私たちは宇宙にいる――それこそがほんとうの「リアル」のはずである。この世界には意味も秩序も希望もあるのだ。

シンポジウムの成功、そして主体の問題

2006-11-26 | Weblog
急にで冬らしくなってきました。
朝起きづらいですが、やっぱり季節らしく寒い方がいいですね。

さて、早くももう一週間たちましたが、
19日のシンポジウム、主催側としては大成功の印象で終わりました。

持続可能な社会に向けた政治的な流れ=運動を作り出していくべく、
単なる情報交換のシンポジウムにとどまらない、
今後の運動と組織作りをしていくことの
先生方と参加のみなさんとの合意が得られたことは特筆に値します。

司会の岡野先生のあざやかな手腕と力量もさることながら、
参加者が能動的参加への呼び掛けに躊躇を見せず一斉に挙手されていたのが、
カメラ係としてはとても印象的だったことです。
(詳しい状況は、ブックマーク「シンポジウム事務局ブログ」をご覧下さい。)

大規模な集まりとは言えませんが(総勢約百名)、
この一歩は政治的そして思想的に、
事実ひじょうに大きな一歩といって、決して過言ではないと思います。
この一歩がぜひ持続可能な国家へのバックキャストの歩みに続きますように。

こうした環境問題の「本質」と「取り組み」への合意は、
(もちろん管見の限りですが)
たぶんこれまで日本にはなかったものです。

なにより問題は、政治と運動、ひいては
これからの日本をになう主体がどうあるかということ。
なんとなく日々過ごしてしまいがちですが、
事態は切迫しており、文字通り危機的であると、あらためて認識しました。
だから、これからの私たちの政治にたいするあり方というのは、

「待ってれば、誰かがやってくれる
(だから選挙にも行かない)」
「それに目を光らせる
(具体的代案はなく非難だけ)」
「なのに政治家・役人はろくなモンじゃない
(と言っている自分は正しく良識的だ)」

というようなことでは(つまりアナタまかせ)
もう間に合わないようです。

自分の現状がどうあれ…と小市民的に留保をつけたいところですが、
それこそまさにアナタ任せの態度に違いありません。
どれだけ担えるかはともかく、
そしてできれば担えるものを大きくしつつ、
いのちを与え維持してくれている地球環境と、
いまの私たちの生き様に生存が左右されてしまうもの言わぬ将来世代のため、
責任的・主体的な態度をとるべき
…いや、とりたいと思います。


ところで、今回のシンポジウムの先生方の発題で、
私にとってとりわけショッキングだったのは、
国立環境研究所理事の西岡先生による
未公開の国際的環境機関研究の、地球温暖化の現状と将来予測のご報告でした。
とにかく、かりに温室効果ガスの排出を
全人類がいまここで即時に半減させたとしても、
(それ自体が不可能に思えますが)
地球温暖化は惰性により近年中に(「近未来に」ですらない)
危機的レベルまで進行・オーバーシュートしてしまうとのこと。
外面の、科学とデータを踏まえた最先端・合意レベルの知見は、
きわめて冷厳というほかありません。

》つづく《
 
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2 コメント

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Unknown (三谷)
2006-11-30 00:17:48
おかの先生
おつかれさまです。
コメントどうもありがとうございました。
たしかに歴史が動いたような気がしてきました。
そして力が合わされば微力が強力になることも。
そのときそのときふさわしい役目、しっかりになっていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。
返信する
その時歴史が動いた (おかの)
2006-11-27 21:51:36
ということに、私たちのシンポジウムはなるはずです。

お疲れさまでしたが、その記録班の役目を担っていただいたわけですね。

すばらしい!

もう微力は強力な協力になりつつあります。
返信する

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