※本稿は、『昔日の風』(松山市教育委員会、2006年3月発行)に掲載した拙稿「愛媛の民具-有形民俗文化財の保存と活用-」である。
1 民具はなぜ「文化財」なのか
民俗文化財は、文化財保護法では「衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗慣習、民俗芸能およびこれらに用いられる衣服、器具、家屋その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のために欠くことのできないもの」と定められています。また「我が国の国民が日常の生活、生業、行事等の場で、長い歴史を経て育み伝えてきた有形無形の文化的遺産であり、庶民の身近な生きた文化遺産である」(文化庁『民俗文化財の手びき』より)とも定義づけられています。
そもそも「民俗」とは普段は聞き慣れない言葉ですが、一言で説明すると「世代を越えて伝承されてきた文化」のことです。自分の親、自分の祖父母、そして曾祖父母、先祖以来、伝えられてきた人々の知恵・知識の体系といえます。
さて、民俗文化財は「無形民俗文化財」と「有形民俗文化財」の2種類に大きくわけられます。「無形民俗文化財」は、祭りや年中行事、人生儀礼(冠婚葬祭)、昔話・伝説といった口頭伝承など、行事や伝承そのものに形があるわけではなく、慣習として行われているものです。そして「有形民俗文化財」は、衣食住や生業、信仰、年中行事などの民俗で用いられてきた道具のことで、一般的に「民具」とも称されています。その民具は日本人が「日常生活の必要から技術的に作り出した身辺卑近の道具」(渋澤敬三『民具蒐集調査要目』)で、容易に入手できる身近な素材を材料として、伝統的技法によって製作されたものと定義されています。
民具は生活を維持、促進させるために技術的に作られたものであって、現在の高度消費社会、つまり「ものづくり」(生産)が身近に見えないままに、「もの」を消費していく今の時代とは対照的な歴史的・文化的遺産ともいえます。ただし、民具はすでに過去の「もの」になっているわけではありません。高齢者の中には、それを使用していた人、もしくはそれを使用していたところを見ていた人がたくさんいます。今の時代において完全に「過去の遺物」になっているわけではありません。先に民俗とは「世代を越えて伝承された文化」と述べましたが、高度経済成長期以降は「民俗」が伝承される機会が減ってしまったのです。たとえ児童・生徒が民具を日常的に使わなくても、民具に込められた知恵・知識(文化)を学ぶ環境を整え、機会を与えることは、大人の責務ともいえます。現在は、民具の消滅の危機の時代ともいえますが、実際には、民具に込められた知恵・知識(文化)の消滅の危機なのです。この知恵・知識は、道具を実際に用いる体験を通して伝えられるものであり、文字や書籍によって記録されて教えられるものではありません。今の大人が民具の知恵・知識を伝える環境を整えなければ、何世代にわたって継続してきた知恵・知識の伝承が「無」になってしまうのです。民具を保存・活用していく意義はここにあり、だからこそ時代性と地域性を理解するための「文化財」と位置付けられているのです。
1 民具はなぜ「文化財」なのか
民俗文化財は、文化財保護法では「衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗慣習、民俗芸能およびこれらに用いられる衣服、器具、家屋その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のために欠くことのできないもの」と定められています。また「我が国の国民が日常の生活、生業、行事等の場で、長い歴史を経て育み伝えてきた有形無形の文化的遺産であり、庶民の身近な生きた文化遺産である」(文化庁『民俗文化財の手びき』より)とも定義づけられています。
そもそも「民俗」とは普段は聞き慣れない言葉ですが、一言で説明すると「世代を越えて伝承されてきた文化」のことです。自分の親、自分の祖父母、そして曾祖父母、先祖以来、伝えられてきた人々の知恵・知識の体系といえます。
さて、民俗文化財は「無形民俗文化財」と「有形民俗文化財」の2種類に大きくわけられます。「無形民俗文化財」は、祭りや年中行事、人生儀礼(冠婚葬祭)、昔話・伝説といった口頭伝承など、行事や伝承そのものに形があるわけではなく、慣習として行われているものです。そして「有形民俗文化財」は、衣食住や生業、信仰、年中行事などの民俗で用いられてきた道具のことで、一般的に「民具」とも称されています。その民具は日本人が「日常生活の必要から技術的に作り出した身辺卑近の道具」(渋澤敬三『民具蒐集調査要目』)で、容易に入手できる身近な素材を材料として、伝統的技法によって製作されたものと定義されています。
民具は生活を維持、促進させるために技術的に作られたものであって、現在の高度消費社会、つまり「ものづくり」(生産)が身近に見えないままに、「もの」を消費していく今の時代とは対照的な歴史的・文化的遺産ともいえます。ただし、民具はすでに過去の「もの」になっているわけではありません。高齢者の中には、それを使用していた人、もしくはそれを使用していたところを見ていた人がたくさんいます。今の時代において完全に「過去の遺物」になっているわけではありません。先に民俗とは「世代を越えて伝承された文化」と述べましたが、高度経済成長期以降は「民俗」が伝承される機会が減ってしまったのです。たとえ児童・生徒が民具を日常的に使わなくても、民具に込められた知恵・知識(文化)を学ぶ環境を整え、機会を与えることは、大人の責務ともいえます。現在は、民具の消滅の危機の時代ともいえますが、実際には、民具に込められた知恵・知識(文化)の消滅の危機なのです。この知恵・知識は、道具を実際に用いる体験を通して伝えられるものであり、文字や書籍によって記録されて教えられるものではありません。今の大人が民具の知恵・知識を伝える環境を整えなければ、何世代にわたって継続してきた知恵・知識の伝承が「無」になってしまうのです。民具を保存・活用していく意義はここにあり、だからこそ時代性と地域性を理解するための「文化財」と位置付けられているのです。