愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

昔の道具ハンドブック7

2006年05月07日 | 民俗その他

7 民具保存にあたっての注意点

次に、民具の保存方法についてです。学校で民具を収集時の状態ですが、すでにその民具は生活用具としての機能を果たし終えたものが多く、不要品として戸外や屋根裏等に置かれ、損傷、塵埃、汚れ、染み、錆びの著しいものが多いといえます。今回の松山市教育委員会の民具等有形民俗文化財調査活用事業では、しっかりと清掃を行った上で管理・保管ができる状態に整理されていますが、今後、各学校において民具を新規に受け入れたり、現状で状態の良くない資料を保存するには、虫菌、塵埃、汚れ、染み、錆びなどを除去する必要があります。
保存方法については、学校での教育活動で有効に活用するための保存を前提に考えなければいけません。今後、長い期間に亘って活用していくためには、まず民具の劣化要因を取り除き、絶えず保存環境の良好の状態で収蔵することが求められます。
収集した民具は、まず第一には清掃が必要です。作業の流れとしては、洗浄・錆び落とし→からふき→乾燥という作業を行います。注意点としては、民具の素材・構成材料が、単一素材か複合素材かを確認して、各材質に適した清掃を行うことが大切です。金属製品については、乾いたブラシなどで汚れ、塵埃を除去し、紙ヤスリなどで錆びを除去します。木製品については、軽く濡らしたブラシ、硬くしぼった雑巾などで汚れ、塵埃を除去します。藁製品の場合は軟弱なものが多いため、ハタキなどで塵埃を除去する程度で、道具が破損しないよう、気をつけます。なお、洗浄による清掃は、資料の材質の損傷程度を考えて、硬柔のブラシを使い分けたり、また清掃部分に応じ、大小のブラシを使い分けると効率よくできます。
ただし、道具に「情報」(使用した痕、墨で記された年号や購入者の名前など)がある場合には、特に慎重に清掃を行って、その情報が消さないことが必要です。
保管場所ですが、理想的には温室度管理ができる収蔵庫がよいのですが、必ずしもそのような場所を確保できるわけではありません。温室度管理可能な場所が確保できない場合、次の点を考慮した保存・活用がのぞまれます。
直接、土間やコンクリートの床の上は避けます。理由は塵埃がたまりやすく、湿度が高いこと、また、急激な温湿度変化による結露で、濡れてしまう可能性があります。そのため、木製の棚の中に収納するのが理想です。
つぎに、自然光がそのまま窓を透かして入ってくる場合には、照射日光を防ぐ必要があります。日光が照射する状態で保管していると、乾燥による形状劣化だけでなく、変色してしまう恐れがあります。朝夕の時間帯には部屋の奥まで日光が照射しますが、民具を保管する部屋には濃いめのカーテンを取りつけるなど、光の対策が必要です。
なお、民具の保管場所の環境は、温度は20度前後が理想ですが、学校施設において年間を通じての温度管理は困難なため、現状で可能な温度対策は、急激な温度変化をもたらさないことです。保存場所の窓の開放による室内の急激な温度は結露を発生させる原因となり、民具の保管場所に水滴を残し、虫菌類発生の要因となったり、資料の形状変化をもたらす一因になりかねません。急激な温度変化のないよう、扉や窓の開閉については気を遣う必要があります。
湿度に関しては、木製品の場合、湿度60%前後が理想です。湿度70%を超えると、特に4月から10月にかけてはカビ・菌類が繁殖しやすい環境になり、虫菌害による劣化の恐れがあります。
また、保管場所への児童・生徒の出入りについて注意すべき点は、靴やシューズについた土、衣服から出るホコリ、髪や皮膚などの脂質、これらは虫や菌、微生物の格好の栄養源となりうるものです。これらを完全に防除・排除することは管理上困難ですが、保管場所を定期的に清掃することが重要になってきます。
このように、保管している民具については、定期的に観察・点検を怠ることなく、埃や汚れはないか、傷んではいないか、錆は発生していないか、害虫に食べられていないか、カビは発生していないか、保管場所の環境は適切かなど、定期点検、それによる早期発見、早期対処が必要です。
日本人は伝統的に宝物(文化財)を保護するために、定期的に「目通し」・「風通し」を行ってきました。学校現場における「目通し」・「風通し」は、授業等での活用が最適です。活用することが保存にもつながる。これが学校における民具の長期保存の理想だと思われます。
万が一、保管している民具に虫菌類が生息していることが発見された場合には、直ちにその民具を他の場所に隔離してください。そうしないと、他民具にも移動・繁殖し、多くの資料が被害に遭う可能性があります。虫菌害に遭った民具はポリエチレン袋などに入れ、他の民具から隔離し、数日間、観察します。殺虫・殺菌の対策を講じる必要がありますが、観察の期間や対策の方法については、文化財の材質・新旧・季節等により異なりますので、教育委員会や博物館・資料館に相談してください。
市販の殺虫剤では、例えば木製民具の内部に侵入・生息している害虫は死滅せず、また、産卵期ですと、成虫は死滅しても卵は死滅しない場合が多く、表面的に対策を講じたつもりでも、数週間後には卵が孵化して、再度、虫害が発生することとなります。虫菌害の発生時期は4月中旬から10月下旬にかけてであり、一例でいえば、5月下旬から7月上旬に一度、9月から10月下旬に一度の年2回、保管場所を市販の噴霧状の殺虫剤で防除対策を講じると安価で済ませることができます。ただし、この対策を講じても、害虫の卵やカビ・菌類には効果が薄いため、日常の定期点検は必要です。
なお、民具に振動や衝撃を与えると、当然、破損の要因となります。民具の保管場所では児童・生徒が日常的に教員の管理外で手にしたり、遊んだりすることができる状況は避けるべきでしょう。学校においては、民具は教材・教具と同じ取り扱いをすることが望まれます。空き教室などで展示している場合には、安易に児童・生徒が手に触れないための注意書きや、パーテーションの設置も対策の一つです。安易に取り扱ったり、無造作に触ることは民具の資料破壊の要因になりかねません。
振動・衝撃については、災害とくに地震による転倒防止の対策を講じておくことも大切です。ガラス製品の含まれたランプや、落下すると割れやすい食膳具などは、地震が来たとしても落下しないような配置が必要で、棚に配架する場合でも、安定性の高い位置に置いたり、落下防止のため、ビニール紐で民具を棚に固定したりするなど、考慮することも大切です。
そして、盗難や、民具自体を不要と判断して廃棄・焼却する人的被害にも注意する必要があります。破損が激しく、保存・活用の可能性が少ないと判断できる資料も出てくるかと思います。その場合は、修理が可能なのか、破損していても教育上、活用できる可能性があるのかを吟味して、保存・廃棄の判断をする必要があります。保管している民具自体を管理しきれず、廃棄・焼却しようとする場合には、教育委員会や民俗・民具の専門家と協議の上、残すべきもの、廃棄するものの判断をすることが望まれます。
なお、保存環境の整備に苦慮したり、虫菌害によって資料劣化が発見された場合には、博物館、資料館もしくは教育委員会に相談するとよいでしょう。
以上、まとめると保存上、注意すべき因子は以下の事項になります。
1.光  2.温度  3.湿度  4.虫菌害  
5.振動・衝撃  6.火災・地震 7.盗難・人的被害

昔の道具ハンドブック6

2006年05月07日 | 民俗その他

6 活用の方法-高齢者・地域との交流の素材-

現在、高齢者介護の現場で「回想法」が盛んになってきています。人は何かをきっかけとして過去の出来事を思い出し、懐かしむことがあります。昔懐かしい生活道具を用いて、かつて経験したことを語ったり、思いを巡らすことで生き生きとした自分を取り戻そうとするものです。
高齢者の回想をうながす手段として、近年、民俗・民具が取り入れられた取り組みが増えて来ています。イメージをふくらませて、より豊かな回想・記憶を引き出すために、さまざまな道具が使われ、そこでは民具が中心的な役割を果たしているのです。つまり、民具には、世代を越えて伝えられた文化(知恵・知識)がそこに込められており、それを高齢者が、懐かしさをもって、再び手にすることで、過去の記憶を引き出そうとすることができるのです。
民具は、日常生活の必要性から製作・使用されてきた伝統的な道具です。言ってみれば「生きるため」に編み出され、使われた道具です。同じ地域社会で育った者であれば、誰もが一応の共通理解を示すものでもあります。農作業や家事労働、子どもの遊びなど、共通したことがたくさんあります。民具を使用してきた高齢者に実際に民具を介在させながら、教師、児童、生徒がお話をうかがうことは、児童、生徒の教材にもなり、高齢者にとっても一種の介護予防にもなりうるのです。
このように、高齢者、教師・保護者、そして児童・生徒の三世代をつなぐ素材として民具は極めて有効であり、同時に地域と学校の絆を強くすることのできる文化財といえるでしょう。
そこで、児童・生徒が調べ学習の一環として、民具について高齢者に対して、新たに聞き取りする場合、どのような質問項目を設定・指導するべきか、その一例を、ここで簡単に列挙しておきます。

1 名称について
 ①この道具の名前は地元では何と呼んでいますか。(地方名)
 ②他にも別名がありますか。(標準名)
 ③この道具のそれぞれの部分名称はありますか。
*民具の保存・活用には、まずその民具の呼び名を聞き取ることが必要です。その物を地元では何と呼んでいるのか、土地土地の方言で異なっている場合が多いので、地方名を採録します。

2 使用・使用地
 ①この道具はどこで使われていましたか。(町・字名まで聞く。)
 ②この道具は主にどんな人が使用しましたか。(使用者の性別・年齢・職業)
 ③この道具はいつ頃使われていたものですか。(「昭和10年代」など約10年単位で特定する。)
 ④この道具は、どのように使うのですか。
 ⑤この道具は、どんな場合、時季に用いますか。
 ⑤この道具はいつ頃使われなくなりましたか。
 ⑥この道具はなぜ使われなくなったのですか。(現在の代用品への変遷)

3 製作・製作地
 ①この道具は自製品ですか、販売品ですか。
 ②販売品とすれば、どこから購入したのですか。また代価はいくらでしたか。
 ③自製品とすれば、誰がどこで作ったものですか。
 ④この道具を自製するのに時間はどれくらいかかりますか。
 ⑤製作にはどんな道具を使用しますか。
 ⑥この道具の材料は何ですか。(木材であれば、その種類まで聞く。)
 ⑦その材料はどこから手に入れますか。

4 その他
 ①この道具の使用地域はどのように広がっていますか。(地元校区周辺のみか松山全体かなどの分布を聞く。)
 ②この道具がいつ頃から用いられはじめたか、どこから伝えられたかなど、由来はありますか。
 ③この道具にまつわる俗信や伝説はありませんか。

児童・生徒が、上記の事項を高齢者から聞き取りをした後、実際に児童・生徒に民具の寸法の測定や、写真撮影を行ってもらい、聞き取り内容や本書の記載内容とをあわせ、カード化もしくはパソコン入力するなど、その民具に関する情報を一元化するのが理想です。この情報はカード化してファイルに綴じ、民具とともに永年保存しておくと次世代になっても活用が可能になりますし、学校での教員の人事移動があったとしても、引継ぎが容易になります。
 なお、民具の活用については、民具を実際に使用した経験のある高齢者を招いて授業で活用する方法もあれば、愛媛県歴史文化博物館など、博物館・資料館の学芸員による出前授業を行っている施設もあり、学校が所蔵・保管している民具を用いた授業や、学校では保管していない民具についても、博物館・資料館から持参して授業に活用できる取り組みが盛んになってきています。教員と児童・生徒との間だけではなく、地元の高齢者や博物館学芸員の助言を取り入れながら授業計画を練ることも、民具の有効活用の一つの方策といえます。