僕の感性

詩、映画、古書、薀蓄などを感性の赴くまま紹介します。

立原道造 虹の輪

2016-12-13 18:06:52 | 




虹の輪

あたたかい香りがみちて 空から
花を播き散らす少女の天使の掌が
雲のやうにやはらかに 覗いてゐた
おまへは僕に凭れかかりうつとりとそれを眺めてゐた

夜が来ても 小鳥がうたひ 朝が来れば
叢に露の雫が光つて見えた――真珠や
滑らかな小石や刃金(はがね)の叢に ふたりは
やさしい樹木のやうに腕をからませ をののいてゐた

吹きすぎる風の ほほゑみに 撫でて行く
朝のしめつたその風の……さうして
一日(ひとひ)が明けて行つた 暮れて行つた

おまへの瞳は僕の瞳をうつし そのなかに
もつと遠くの深い空や昼でも見える星のちらつきが
こころよく こよない調べを奏でくりかへしてゐた


エドガー・アラン・ポー

2012-10-17 16:35:19 | 
エドガー・ポーの詩「大鴉」The Raven(壺齋散人訳)

  あるわびしい夜更け時 わたしはひそかに瞑想していた
  忘却の彼方へと去っていった くさぐさのことどもを
  かくてうつらうつらと眠りかけるや 突然音が聞こえてきた
  なにかを叩いているような音 我が部屋のドアを叩く音
  いったい何者なのだろう 我が部屋のドアを叩くのは
  それだけで 後はなにも起こらなかった

  はっきりとわたしは思い出す 12月の肌寒い夜のことを
  消えかかった残り火が 床にあやしい影を描いた
  夜が明けるのを願いつつ 書物のページをくくっては
  わたしは悲しみを忘れようと努めた レノアを失った悲しみを
  類まれな美しさの少女 天使がレノアと名づけた少女
  彼女は永遠に失われたのだ

  紫色のカーテンの かすかな絹のさやめきが
  それがわたしを脅かし 感じたことのない恐れで包んだ
  震える心を静めるため わたしは立ったままつぶやき続けた
  誰かが部屋の扉をたたき 中へ入ろうとしている
  深夜に部屋の扉をたたき 中へ入ろうとしている
  そうだ それ以上ではない

  やがて気持を持ち直し ためらうことなくわたしはいった
  紳士にせよ淑女にせよ 是非あなたのお許しを請いたいと
  だが実は夢見心地で あなたの近づくのを感じていた
  あなたは軽い足音をたて わたしの部屋の扉を叩く
  あまりにかすかで聞き取れぬ音に わたしは扉を開け放った
  扉の外は闇で 他にはなにも見えなかった 

  深い闇の中を覗き込みながら わたしはいぶかり立ち尽くした
  誰もあえて見ることを 望まない夢のような気がして
  沈黙は破られず 闇には何の兆候も見えない
  ただひとつ言葉が発せられた レノアとささやく言葉が
  わたしが発したその言葉は 闇の中をこだまする
  これだけで 後は何も起こらなかった

  心を熱くたぎらせながら 部屋の中に戻っていくと
  再びこつこつという音が聞こえた 今までよりも大きな音が
  たしかにこれは だれかが窓格子を叩く音だ
  いったい何事が起きているのか その様子を確かめてみよう
  心をしばし落ち着かせて その様子を確かめてみよう
  だがそれは風の音 それ以上ではなかった

  わたしが格子を押し開けるや バタバタと羽をひらめかせて
  大きな烏が飛び込んできた 往昔の聖なる大鴉
  傲岸不遜に身を構え ひとときもおとなしくせず
  紳士淑女然として 扉の上にとまったのだ
  わたしの部屋の扉の上の パラスの胸像の上に
  とまって座って それだけだった

  この漆黒の鳥を見て わたしの悲しみは和らいだ
  気品に溢れた表情が おごそかでいかめしくもあったゆえに
  お前の頭は禿げてはいるが 見苦しくはないとわたしはいった
  夜の浜辺からさまよい出た いかめしい古の大鴉
  冥界の浜辺に書かれているという お前の名はなんと言うのか
  大鴉は応えた ネバーモア

  この無様な鳥が明確にものをいうのに わたしは大変驚いた
  たとえその言葉には意味がなく 何を言っているかわからぬとしても
  だがこんな鳥が自分の部屋の 扉の上にいるのは素敵だ
  扉の上の胸像の上に 不思議な名前の鳥がいるのは
  ネバーモアという名の鳥が

  大鴉がいったのはただそのひとこと 塑像の上に孤立しながら
  その言葉にまるで 己の魂をこめたように
  それ以上大鴉はものいわず 羽を動かすこともなかった
  そこでわたしはつぶやいたのだ 以前にも同じようなことがあった
  それは夜明けとともに去ってしまった 希望が去っていったように
  すると大鴉はいったのだ ネバーモア

  かくも時を得た答えに 沈黙が破られたのに驚き
  わたしはいった 疑いもなく これがこの鳥のただひとつの言葉
  それは不運な飼い主から教わった言葉 そうだその男は
  過酷な運命によって これでもかこれでもかと打ちのめされ 
  もはや口に上る言葉といえば ただひとこと
  ネバー ネバーモアのみ

  それでも大鴉がこの哀れな心を 慰めてくれようとするのを見て
  わたしは大鴉の目の前に 安楽椅子を引いていっては
  深々とクッションにうずまりながら あれこれと想像を回らした
  この大昔の不吉な鳥は 陰鬱で 無様で いやらしい 
  この不吉な鳥はわめきながら いったい何を言いたいのかと
  ネバーモアということばで

  あれこれと思い測りつつ 一言も発することのないうちに
  大鴉の目の炎が わたしの心の中にまで燃え広がる
  それでもわたしは考え続ける 頭を椅子の背に凭せかけながら
  その椅子の背にはランプの光が ビロードの生地を照らし
  そのランプの光に照らされた 椅子の背には彼女が
  もう身をゆだねることはないのだ

  すると空気が密度を濃くし どこからともなく匂いがただよい
  香炉を振り回す天使たちの 足音が床に響く
  やれやれこの天使たちは 神がわたしに差し向けたのか
  この匂いはレノアへの思いを 和らげるための妙薬の匂いか
  この妙薬を飲み干せば 辛い思いが忘れられるのか
  大鴉が答えた ネバーモア

  邪悪な預言者よ 鳥であれ悪魔であれ
  誘惑者であれ 難破した漂流者であれ
  孤高で不屈なものよ どうか言ってくれ
  この呪われた砂漠のような地に 幽霊たちの住処のような家に 
  果たしてギレアドの香木が 存在するかどうか言ってくれ
  大鴉は答えた ネバーモア

  邪悪な預言者よ 鳥であれ悪魔であれ
  あの聖なる天蓋にかけて 父なる神の名にかけて
  この悲しみに打ち沈んだ魂にいってくれ はるかなエデンの園のうちで
  天使がレノアと呼んだ娘を 果たして見ることがあろうかと
  かの類いまれな美しき少女 天使がレノアと呼んだ娘を
  大鴉は答えた ネバーモア

  もうたくさんだ わが仇敵よ わたしは飛び上がって叫んだ
  去れ 嵐の中へ または暗黒の冥界の海辺へ
  形を残さずに消えろ お前の言葉の余韻も残さず
  わたしを孤独の中に放っておけ その場から消えていなくなれ
  わたしのこころを静かなままにして その場から消えていなくなれ
  大鴉は答えた ネバーモア

  すると大鴉は飛び回ることなく じっと動かずにうずくまったまま
  扉の上の塑像の上に 乗ったままの姿勢を保ち
  目はうっとりと閉じられて 夢を見る悪魔のよう
  ランプの光に照らされて 身は床の上に影を落とし
  わたしはその影の中から 抜け出そうとするが
  もはや抜け出すこともままならないのだ


日本ではカラスといえば、日本武尊を熊野から大和まで道案内した三本足の八咫烏(やたがらす)が有名であり、この場合の烏は太陽の化身にたとえられる。
しかし、ポーの「大烏」は邪悪な預言者であり、冥界の府・ハデスの使いでもありその象徴は極めて不吉であり鬱々としている。

私の住んでいる地域にも生ごみの出る木曜日には、ハシボソガラスが不気味な声をはりあげながら漆黒の羽で獲物を狙って来る。ビニール製の烏の死体を吊り下げても烏はやがて慣れてきてまた群れて襲来してくるのだ。昔は髪の毛や魚の頭を焼き、串にさして田畑にさしてその悪臭で鳥や害獣を追い払った。このことを「嗅がし(かがし)」と呼びやがて「かかし」と清音化されたようである。

また昔の神話に出てくるが、ノアの方舟のノアは白い烏に洪水の様子を見てくるように指図した。しかしその烏がすぐに帰らなかったため、体を黒く変えられ、永遠に腐肉を食べるようにさせられたのである。



とっても前置きが長くなったが、昨日、フォーラムで「推理作家ポー 最後の5日間」を観た。


ボルティモアを震撼させた猟奇的殺人事件を題材にしている。犯人はポーの作品をなぞった模倣犯である。
愛し合うポーと恋人のエミリー。エミリーの父が仮面舞踏会を開いたことがきっかけでエミリーが犯人に誘拐されてしまう。


果たして彼女は無事救出されるのか?犯人は誰なのか? 謎解きへの興味が作品にどんどん引き込んでいく。

死と恐怖と鴉の映像が観る者に戦慄をもたらすこと請け合いである。ポーの人生の現実と幻想の狭間で私たちは混乱へと導かれるのか。

江戸川乱歩やシャーロックホームズを生み出したコナン・ドイルに多大なる影響を与えたエドガー・アラン・ポーの人生を垣間見て欲しい。


三木露風にとっての母親

2011-09-27 23:15:30 | 
童謡「赤とんぼ」で有名な三木露風は、兵庫県龍野町(現在のたつの市)に生まれた。
彼は、5歳のとき、父親の放蕩が原因で両親が離婚するという憂き目にあってしまう。

母親たつは跡継ぎの露風を残し、実家である鳥取の堀家に弟勉を連れて帰ってしまうのだ。
その時の辛い体験が、拭いきれない大きな痕跡として露風の胸に残った。

童謡「赤とんぼ」の歌詞は、夕暮れ時に赤とんぼを見て懐かしい故郷を思い出す内容だが、露風にとって母かたに背負われて赤とんぼを見た体験は、彼女への思慕や拘泥という形をとり、鮮やかな情景として詩に残されたのだろう。手をつないだり抱かれたぬくもりは終生変わることがなかった。

私生児として生まれ、実の両親の顔も知らず養子に出された室生犀星にしろ、
ランボーにしろ萩原朔太郎にしろ、
どうしても詩人には暗い影がつきまとってしまう。

私も高校の時に、なだらかな桑畑の斜面に寝転んで、遠い遠い空を見た。
その薄暗くなりつつある黄昏の大空に、無数に飛ぶアキアカネを見て感動した。
心の奥底から感動した。

三木露風は、ドストエフスキーに心酔し、武者小路実篤の「新しい村」に賛同し
ロマン・ロランの「ジャンクリストフ」にとっても感動した。
早熟な彼は20歳で「廃園」という詩集を刊行し注目を集め、「白き手の猟人」で象徴詩を大成させる。

彼は母たつが亡くなったとき、実家の許しをとり、彼女の傍らに添い寝をしたという。



風景/ 山村暮鳥

2011-04-28 16:11:34 | 










 風   景  
    純銀もざいく





           山 村 暮 鳥

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしやべり
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな。





視覚詩とか絵画詩とも言われる有名な詩である。

山村暮鳥は詩人であるが牧師でもあり、一面の菜の花畑をゆっくりと散歩するのが好きだったのだろう。

この詩を朗読しようとすると目まぎれをしやすく、永遠に「いちめんのなのはな」が続く錯覚をおこしやすい。

自然のあらゆるものに神を見出す独自の神学を持っていた暮鳥に、神は優しくこの詩を啓示したにちがいない。

All I want is your love.

2011-04-16 15:28:51 | 
僕は語らずして人を和ます桜にはなれない

そよぐだけで人を憩わせる風にもなれない

嵐のメンバーのように格好良くもないし

頭は からっきし駄目だ

腕っ節も弱いので君を守りきれないかもしれない

ちょっとした悩みに 途惑い

できるなら逃れたく思う

こんな脆弱な僕を哀れんで 僕を見守る君

明日への希望が見出せずに 自暴自棄になりかかったとき

君は笑みを絶やさず 僕の傍らに居た

僕を優しく 無上の慈しみで救ってくれた

お金があっても 心の空洞は満たされないことは知っていた

All I want is your love.
(僕がほしいのは君の愛だけ)


ハインリッヒ・ハイネ

2011-02-17 16:53:41 | 




ローレライ

なじかは知らねど 心わびて

昔の伝説(つたえ)は そぞろ身にしむ

寥(さび)しく暮れゆく ライン川の流れ

入日に山々 あかく映ゆる

美(うるわ)し少女(おとめ)の巌頭(いわお)に立ちて

黄金(こがね)の櫛どり 髪のみだれを

梳(す)きつつ口吟(くちずさ)む

神怪(くすし)き魔力(ちから)に 魂(たま)もまよう

漕ぎゆく舟ひと 歌に憧れ

岩根も見やらず 仰げばやがて

波間に沈むる ひと舟も

神怪(くすし)き魔歌(まがうた) 謡(うた)うローレライ

※なじかは・・・なぜか
※そぞろ身にしむ・・・なんとなくしみじみと思う
※神怪き・・・神秘的な


ハインリッヒ・ハイネの有名なローレライです。

ローレライはライン川流域の近くの水面から13mほど突き出た岩山で
流れが速く水面下に多くの岩が潜んでいるため航行中の船が度々事故を起こしました。
それを、ローレライに佇む金色の櫛を持った美しい少女に、船員が魅せられ、難破してしまうという伝説をもとにハイネが詩を作りました。


ハイネと言えば、ロマン派の詩人で、ゲーテやシラーとならぶドイツ史上最高峰の詩人です。

フランスの自由主義にあこがれ、英雄ナポレオンに夢中になったハイネは、1831年、パリに赴きます。社交界に出入りし、芸術家や文学者と華やかに交流しました。

フランスの詩人テオフィール・ゴーティエは、ハイネのことをこう書いています。

「年は三十歳すぎ。身体壮健で非常に美しい男。大理石のように広く白い無垢な額を、黄金色の巻き毛がいろどり、『ゲルマンのアポロ』と呼ばれるほど魅力的。はかなげな影をかもしだし、青い目は光と霊感を受けて輝いている」

永久の友

2011-02-03 23:33:51 | 
自分は初めて彼女に逢ふことが出来た

君は泌み入るやうな透明な
美しい悲哀に充ちた目をして

僕の前に立ちあいさつをした

僕は僕の考へていたとほりの

その容貌をもっていた彼女を見て

僕は自分の予感や自信を喜ばしく感じた

この人に逢ふために僕は永い間もだえた

僕の生涯をゆだねるに足る
その一切が潜在していて

僕の掘るがままに芽を生じていた

君と僕はてがみを交して

永い間お互いのこころを語り合った

君はいつの間にか

僕の中に存在していたのだ
君の中に僕はその根を下ろし初めたのだ

僕の心と君の心とにゆきゆきした

ふたりの自由は叫び合った
僕はこの人を友に得て

この世に出てゆかれる日があるならば

僕は鷲のやうなつばさを得るだらう

あやふやなものを吹き飛ばすだらう

砂塵をあげて歌ふだらう



(室生犀星)

金平糖

2010-07-05 22:12:04 | 


金平糖を透明な器に入れてみる

すべて記憶の形が金平糖になるならば

頬張るのを許してくれよう 君は・・・

そんな詩をむかし作ってみた


白いやつと やけに清清しい水色のやつと

ふたつつまんで口に放り込む


ラムネの壜の蓋を開け損なって

シュワーッと炭酸の泡が飛び出して

歓声があがった あの頃が・・・


子供たちを木漏れ日がゆらゆら揺れて

浴衣姿の君の汗がはじけた あの夏が

アブラゼミのひと夏の思いと重なって

金平糖の奥に見える


そろそろ金平糖の甘さに飽きてきた・・・

小箱の鍵

2010-06-23 17:20:53 | 

あの人に巡り合って

心の小箱は絶え間ない熱情と恋慕で

あふれんばかりになっている


小さな火種は大きな焔(ほむら)となって燃え盛る

風のそよぎぐらいでは消えぬ

静謐なる夜の帳(とばり)も如何ともし難く

思いはとうとう燃え広がり始めた


冥府の王ハーデースに頼み 小箱の鍵をもらおうか

竪琴を携えて いざ行かん ハーデースの館に

懺悔の心が恐怖心に打ち勝っていく

平穏な日常を取り戻すために

わかれる昼に/立原道造

2010-06-07 22:29:28 | 
わかれる昼に



ゆさぶれ 青い梢を

もぎとれ 青い木の実を

ひとよ 昼はとおく澄みわたるので

私のかへつて行く故里が どこかにとほくあるやうだ


何もみな うつとりと今は親切にしてくれる

追憶よりも淡く すこしもちがはない静かさで

単調な 浮雲と風のもつれあひも

きのふの私のうたつてゐたままに


弱い心を 投げあげろ

噛みすてた青くさい核(たね)を放るやうに

ゆさぶれ ゆさぶれ


ひとよ

いろいろなものがやさしく見いるので

唇を噛んで 私は憤ることが出来ないやうだ