我が郷は足日木の垂水のほとり

文化芸術から政治経済まで、貧しくなった日本人の紐帯を再構築したいものです

ラハブとスパイ

2010年01月28日 | 記事紹介

ラハブ―信仰の勇者(8)

 

 

  記事の紹介(抄出)です。

ラハブとスパイ

 ラハブの名前が最初に出てくるのは、ヨシュア記の二章です。イスラエルがまだヨルダン川を渡る前のことです。ヨシュアは、ヨルダン川を渡る前にふたりのスパイを、カナンの地に送りこんでいます。エリコの町とカナンの様子をさぐらせるためでした。ふたりのスパイは、まず、エリコの町に行きました。古代のエリコの町は、3ヘクタールの広さがあり、そのすべてが高さ10メートルもある城壁で取り囲まれていました。その城壁は二重になっていて、外壁の厚さは2メートル、内壁の厚さは4メートルもありました。両方の壁の間隔は5メートルあって、その間に木を渡して建てられた家によって連結されていました。ヨシュア2:15に、ラハブの家が城壁の中に建てこまれていたとあるように、彼女の家は、そのような家のひとつでした。ふたりのスパイは警備の厳しい城門を避けて町に入るために、ラハブの家を選んだのです。

 ラハブの家のこと以外にも、聖書に書かれていることが歴史の事実であったことが、考古学の調査によって明らかになっています。英国考古学研究所のガースタング博士は1929から1936年にかけて、エリコの町を発掘しましたが、この時の発掘によって、エリコの町の城壁が内側から外側に崩れているのを発見しました。もし、敵が外側から城壁を崩したとしたら、それは外側から内側にむけて崩れているはずですが、その逆だったのです。城壁が内側から大きな力で崩れたと聖書が言っているとおりです。また、エリコの町には一面に焼けくずの堆積層があって、その下は白い灰の堆積層となっていました。それをさらに掘り進んでいくと、多量の小麦、大麦、なつめやしの実、レンズ豆、などがひとつも手付かずのまま、強力な火力で炭化しているのが発見されました。これは、ヨシュアが、エリコの町からの略奪を禁じ、町のすべてを火で焼いたと言っている聖書(ヨシュア6:24)と一致します。
http://penguinclub.net/sermons/josh/josh6-22.html

  記事の紹介(抄出)終わりです。

 ラハブとスパイ【記事紹介】

 

 

 

 

索引  ら り る れ ろ

2010年05月02日 | 索引


 らた 裸体画 検索 (わたしの里 美術館)
 らは ラハブ 曖昧さに潜むもの 外国人参政権に反対! 理解に苦しむ最高裁判決 の全文を丹念に読まれれば、日本国の最高法規の番人の頭がどれ程イカレている のかが、鮮明に見て取れる。大学を出て、司法試験を突破してもこの体たらく。自尊の念のない、売国ラハブは、ふだんはわが肉体を売り遂には、わが町を売った。売るものに事欠いてか、日本の最高裁の判事は、法理を曲げて国を売り、おのれの悪名を判決の文章に記したのである
     ラハブとスパイ
     ラハブ
     ラハブの信仰は篤い

ラハブ

 Rahab は紅海に棲む、怪獣


『ヨシュア記』第1章では、モーセ亡き後ヱホバは、ヌンの子のヨシュアに、「荒野および 此レバノンより大河ユフラテ河に至りて ヘテ人の全地を 包ね日の沒る方の 大海に及ぶ」 まで、その足の下に踏まれる土地は、すべて与えるとかたった。

娼婦ラハブは この話を信じていたと、旧約聖書には 記されてはいる。しかし、カネに転んで 「寝物語に聞かされた」 ヨシュアの 間諜の 法螺話を信じた、とするほうが リアリティがある。

007ではジェームス・ボンドが斥候で、ボンドガールがラハブで でもあろうか。日本などの稲作文明では、治水と統一的な共同作業の必要性から、規範の一体性が不可欠であり、抜け駆けや 裏切りは 御法度である。ところが、獲物を捕まえるか 殺すか が第一目的の 狩猟の文化では、目的達成のためには、なんでも合法化・神の思し召しと されてしまうのだろうか。

  

 2018 08 28 詐欺に遭えば、大損をする。【わが郷・経済】 詐欺に遭えば、大損をする。 わが郷 

 

 

2014 09 12 情報撹乱 【わが郷・軍事】007などのスパイ映画などでは判らない、本当のスパイ。

 

 

美術館の索引【わたしの里 美術館】我が郷は足日木の垂水のほとり【HOME】岩淸水
わたしの里 美術館       わが郷 HOME

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

記事紹介・一覧 10年 1月29日~10年 2月20日

2010年01月28日 | 記事一覧

 

 
2010年  2月18日 配信 Nimitz がHong Kongに寄港
2010年  2月18日 配信 藤田まことさん死去 
2010年  2月18日 配信 中川潰しとヒラリーの来日の裏
2010年  2月   日 配信  テニアン移設関連記事集
2010年  2月  6日 配信 石川被告の進退が焦点
2010年  2月  4日 配信 相撲協会と警視庁の癒着
2010年  2月  2日 配信 漁船側が隠蔽工作か ロシア銃撃
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

沖縄に広大な土地購入 小沢幹事長の目的は謎

2010年01月28日 | 記事紹介

http://www.j-cast.com/2010/01/29059120.html?p=2

2010年1月29日配信

  記事の紹介(抄出)です。

 

沖縄に広大な土地購入 小沢幹事長の目的は謎

              2010/1/29 20:47

 民主党の小沢一郎幹事長が沖縄県内で土地を買っていたことが分かり、その目的が何なのか様々な憶測を呼んでいる。土地は、ホテルも建つほどの広さで、米軍普天間基地の移設予定地に近い。地元関係者からは、米軍の宿舎用などに転売するつもりだったのでは、との指摘もある。が、真相は不明のままだ。

「海の近くにあって、手つかずの自然が残っています。隣接地に2年前、リゾートホテルがオープンしました」
   沖縄県宜野座村の税務課担当者は、小沢一郎幹事長が買った村内の土地についてこう説明する。

現在は「原野」で何も建っていない
 
小沢氏の購入目的は?    週刊ポストや産経新聞によると、小沢氏は2005年11月28日に、元村議からこの土地約5200平方メートルを購入した。これは、衆議院の資産等報告書や登記簿謄本から確認できる。購入価格は、5000万円ほどとみられるという。

   ただ、自然は豊かなものの、観光地とは言いにくいようだ。

   別荘やリゾートホテルが多い沖縄の西海岸と違い、自然の中に集落が点在するイメージだ。宜野座村によると、カンナリゾートヴィラ沖縄ホテルができてからも、周辺は変わっておらず、観光客も増えていないという。小沢氏が買った土地は「原野」で、現在は何も建っていない。

   そんな土地を、小沢氏はどんな目的で買ったのか。

   購入直前の05年10月には、日米が普天間基地移設を盛り込んだ中間報告に合意している。そんなことから、産経では、土地の値上がりを見越した投機目的の可能性がある、と報じている。同村によると、移設が予定されている名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部から約10キロ、国道を車で行けば20分ほどだという。

   生まれ変わったらベンチャービジネスをしたいと小沢氏が雑誌で言っていたことから、リゾート開発をしたりする目的も考えられる。さらに、週刊ポストでは、小沢氏が引退後は沖縄で釣り三昧の生活をしたいと漏らしているとして、別荘を建てる可能性もあると指摘している。

米軍基地の関連施設に転売??
   地元の宜野座村では、小沢一郎氏の土地購入をどうみているのか。

   事情に詳しい地元関係者は、衝撃的な推測内容を明らかにした。

   それによると、小沢氏は購入した土地を米軍基地の関連施設に転売したいのではないか、とみられているというのだ。

「米軍や国に土地を転売して、米軍の兵士が泊まる宿舎やその家族寮とかを作る。地元では、目的はそれだろう、ともっぱらのうわさですよ」
   つまり、普天間移設が合意に達したため、将来の転売益をにらんで購入したのではないか、ということだ。

   リゾート開発については、この関係者は、「地元では、日本の企業がリゾート計画を持っていますが、なかなか着工できません」として、否定的な見方をした。同村によると、取引が少なくて土地の値上がりもみられず、小沢氏が購入した土地についても、開発許可の打診などはないという。

   小沢氏が別荘として使う可能性についても、関係者は否定的だ。

「リゾート地の西海岸には、もっといい景色のところがいっぱいあります。東海岸は、魅力が乏しい面があるんですね。土地は、別荘にするは広すぎますし、まずありえないですよ」
   購入当時は小泉政権下で民主党は野党だったが、移設合意には反対しており、先の総選挙ではマニフェストにも掲げている。そんな中で小沢氏が土地を購入したわけだが、地元ではあまり知られていなかったという。

「地元の人は、おそらく移設が辺野古に決まるとみています。国と国との約束ですし、鳩山首相が辞めることで決着するとのうわさです。それで、もし小沢さんの土地が米軍関連施設に売られることがはっきりすれば、地元からは強い反発が起こるはずですよ」
   J-CASTニュースでは、小沢一郎事務所に取材を申し込んだが、秘書が外出中などとしてまだ返答が来ていない。

  記事の紹介(抄出)終わりです。

 

美術館の索引【わたしの里 美術館】我が郷は足日木の垂水のほとり【HOME】岩淸水
わたしの里 美術館       わが郷 HOME

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

沖縄戦の実相と教訓を胸に 遺族ら5、670人が参列、平和を誓う

2010年01月28日 | 記事紹介
日本インターネット新聞JanJan

http://www.news.janjan.jp/column/0806/0806270666/1.php

2008年6月28日配信

  記事の紹介(抄出)です。

 

沖縄戦の実相と教訓を胸に 遺族ら5、670人が参列、平和を誓う

 比嘉康文2008/06/28

「鉄の暴風」と形容された沖縄戦で犠牲になった御霊を慰め、恒久平和を祈願する沖縄県(仲井真弘多知事)主催の第51回沖縄全戦没者追悼式が23日午前11時50分から糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた。

福田康夫首相、河野洋平衆議院議長、江田五月参議院議長、岸田文雄沖縄担当相らをはじめ県議、県内外の遺族など5、670人が参列、犠牲者の御霊に手を合わせて焼香した。

 追悼式は沖縄県議会の仲里利信・議長の式辞で始まり、「今年もまた『慰霊の日』が巡ってまいりました。今、御霊前にぬかずき、過ぎし63年前に思いを馳せるとき、あの忌まわしい記憶が昨日のことのように甦ってまいりました。史上まれにみる激しい戦火が沖縄の島々を襲い、3カ月に及ぶ鉄の暴風は、島々を見る影もないほど焼け野が原に変え、貴重な文化遺産等を破壊し、20万人余の尊い命までも奪い去りました。(中略)今日の平和と繁栄を享受することができましたのも、み霊の重く尊い犠牲の上に築かれていることを、私たちは決して忘れることはありません」と述べた。


 大勢の遺族らが参列し、御霊の冥福を祈り、平和を誓った
 参列者は正午の時報と共に黙祷をささげた。各地の慰霊碑前や、また式典に参列できなかった県民の中には職場や家庭で黙祷をささげる者もいる。財団法人・沖縄県遺族連合会の仲宗根義尚・会長は追悼の言葉の中で「集団自決は、我が国唯一住民を巻き込んだ地上戦があった故に、惹起し、紛れもない真実であり、歴史的事実を正しく後世に伝えることこそが平和建設に邁進する原動力であります」と述べた。そして「沖縄県主催により、追悼式が継続されますよう、切望致します」と言及した。同遺族会によると、「2万人余もいた遺族会だったが、現在は4千人を切るほどになった」という。

 福田首相、岸田文雄沖縄担当相、招待客、小中学生の代表者らが献花したあと、仲井真知事が平和宣言をした。仲井真知事は最初に「私たち沖縄県民は、先の大戦において、筆舌に尽くし難い極限状況の中で、戦争の不条理と残酷さを身をもって体験しました。この悲惨な体験を通じて、私たちは平和がいかに尊いものであるかという人類普遍の教訓を学んだのです。戦争の記憶を正しく伝えること、二度と戦争を起こしてはならないと確認し続けること、この信条こそが沖縄の原点であります」と述べた。

 そして戦後から今日までの復興は道半ばであるとし、「沖縄には依然として広大な米軍基地が集中しており、基地から派生する事件や事故、騒音などに悩まされ続け、県民が納得できない負担を今なお強いられています。目に見える形で、県民の負担を軽減するために、基地の整理縮小や日米地位協定の見直し、事件・事故の防止などを、県民一丸となって、日米両政府に訴え続けるものであります」と基地問題の現状を指摘した。

 最後に「祖先が築いてきた独自の歴史や文化によって培われた寛容の心と万国津梁の精神を生かし、『平和の礎』や『沖縄平和賞』に込めた理念をもって、沖縄が引き続き、国際社会に対し恒久平和の発信拠点となるよう努力しなければなりません。慰霊の日に当たり、戦争で尊い命を失い、私たちに平和への思いを託し、私たちを見守って下さる全戦没者の御霊に心から哀悼の誠を捧げます。私たちは沖縄戦の実相と教訓を胸に刻み、沖縄、日本、そして世界の人びとが安心して暮らせる平和な社会の実現を目指して、県民の英知を結集し、ここ沖縄の地で力強く邁進することを宣言します」と、平和宣言を読み上げた。

 つづいて行われた「平和の詩」の朗読では、読谷小学校4年生の喜納英佑君が「世界を見つめる目」と題して自作の詩を朗読した。

 (詩の前半を省略)
 みんながしあわせになれるように  
 ぼくは、  
 世の中をしかりと見つめ
 世の中の声に耳をかたむけたい
 そしていつまでも  
 やさしい手と  
 あたたかい心を持っていたい

 そのあと、来賓として参列した福田首相、河野衆議院議長、江田参議院議長があいさつ、慰霊の電報披露、閉式の辞で追悼式は終了した。

    <写真・省略>
 「平和の礎」の刻銘の前で花などを捧げて祈る遺族たち
「平和の礎」前で、悲しみ越えて 遺族らが刻銘の肉親の冥福を祈り、平和を祈願

 敵も味方もなく、沖縄戦で亡くなった全戦没者の名前が刻銘されている「平和の礎」前では、朝早くから遺族らが花や重箱、お菓子、果物、お酒、水などを供えて手を合わせる姿が見られた。特に外地で亡くなった者は遺骨や遺品も届けられず、戦死公報などでしらされているだけである。この「平和の礎」だけが死亡の確認できる唯一の“墓碑”となっており、遺族はお墓参りと同じ気持ちで毎年、慰霊の日前後に焼香する者が多い。

 「平和の礎」は追悼式典のすぐ隣りで、毎年多くの遺族や親戚の者たちが訪れている。南洋群島に派兵され、長兄が戦死したという名護市の女性(79)は「靖国神社にも行きましたが、名簿さえ見ることができなかった。ここに来ればりっぱに名前が刻まれており、お兄さんに会えたような実感がする。人間はみんな平和に暮らしたい。それはどこの国の人も同じです。敵兵も同じです。この場所に米兵、外国人も一緒に祀られているのはすばらしい。立派な考えです。各県に『平和の礎』をつくれば、靖国神社は必要ないでしょう。戦争は国が起こすものであり、国民が政治を監視・注意して戦争を起こさせないことが大事です」と話していた。

 この礎には昨年240、609人が刻銘されていたが、ことしは126人が新たに刻銘され、全部で240、735人となった。追加されたのは沖縄県出身者が42人、他都道府県が72人、韓国出身戦没者が13人、アメリカが1人となっている。

 米国の碑や韓国の碑の前でも、それぞれの国の遺族や在日米国人・韓国人などが訪れて慰霊祭を行った。最近の特徴としては本土からの刻銘の申し込みが増えているという。在アメリカは毎年4月下旬になると、伊江島で亡くなった従軍記者アニーパイルの碑の前で星条旗を立て映画で観るような軍隊式の「慰霊の式典」を行っているが、「平和の礎」の前では名刺より一回り大きい星条旗の小旗を刻銘の前に立て、しめやかに祈を捧げているのが特徴。韓国は民族衣装に身を包み、韓国式の追悼を行っている。


 
首相一行の通りを待ち構えていたが、肩透かしを食らった抗議団
抗議団を避け別コースで式典に参列した福田首相
 「福田首相は帰れ!」「一緒に基地を持ち帰れ」などとシュプレヒコールを繰り返していた約50人は一坪反戦地主と日雇い労組のメンバーたち。23日午前10時ごろから糸満市摩文仁の沖縄全戦没者追悼式に参列する福田首相に抗議するため、会場入り口の駐車場で首相一行の到着を待ち構えていたが、首相の乗った車が健児之塔からの別コースを通って式典会場に入りしたので、抗議団は肩透かしをくった。この抗議グループは毎年、糸満市役所から平和行進をしたあと、来沖した首相に抗議行動を展開してきた。今回は裏をかかれた格好となった。

 抗議に参加していたのは牧師、ホークソング歌手、障害者、日雇い労務者、平和運動団体のメンバーなどで、本土の団体から派遣された者も参加していた。毎年ほとんど同じ顔ぶれ。その周りには警官、私服刑事など10人が警戒していたが、特にトラブルはなかった。抗議集会のあと、魂魄之塔前での反戦集会に合流した。この塔は敗戦直後に遺骨収集した際、納骨のため手づくりされたもの。最初に犠牲者を祀った慰霊碑。毎年、反戦地主や平和団体などが参加して集会を開き、御霊の前で反戦平和を誓い合った。

 沖縄県福祉援護課によると、首相が全戦没者追悼式に初めて来賓として出席したのは1990(平成2)年で、海部首相が参列した。だが、毎年連続して首相が参加しているわけではないという。福田首相は「沖縄の苦難を忘れてはならない」と延べ、河野衆議院議長は米軍基地の政府の責任に言及し、旧日本軍の沖縄県民にたいする行為に目をそらしてはならない―などと述べた。だが、変わらぬ米軍基地の実態に県民は、その言葉を半信半疑で聞いている。参列者の男性(63)は「本土の政治家は沖縄に来ると、耳障りのよいことを言うのだが、どれくらい本心なのか、いつも疑問に思っている」と話していた。

 この日は各地の慰霊碑の前でもそれぞれ慰霊祭が行われ、63年前に亡くなった肉親や友人らの冥福を子や孫、親戚、友人知人らが祈った。

  記事の紹介(抄出)終わりです。

 

 

我が郷……』の本日記事へは、  をクリックしてお進みください。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小沢氏の土地購入 原資の疑惑さらに深まる

2010年01月28日 | 記事紹介

MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100130/crm1001300314004-n1.htm

2010年1月30日配信

  記事の紹介です。

 

【主張】小沢氏の土地購入 原資の疑惑さらに深まる

2010.1.30 03:14

  民主党の小沢一郎幹事長をめぐる不可解な土地購入問題がまた明らかになった。平成17年11月に沖縄県宜野座村に広大な土地を購入しており、購入資金の原資がはっきりしない。

 また小沢氏の名義で行われていた資金管理団体「陸山会」の不動産購入に対し、国会質疑で税務上の問題が指摘されるなど改めて批判が出ている。同氏をめぐる不動産取得には疑問点が多い。

 沖縄県にある問題の土地は、米軍普天間飛行場の移設予定地の名護市辺野古に近い原野約5200平方メートルだ。推定5000万円前後といわれる。前年16年10月には陸山会が東京都世田谷区の土地を購入したばかりである。

 小沢氏は世田谷区の土地購入に個人資金約4億円を出したと説明しており、沖縄の土地を買う資金をどこから出したのか当然、疑問が生じる。在日米軍再編の中間報告に合意した直後の購入時期にも疑念がでている。政治家が土地取引で不信をもたれる事態はあってはならない。

 陸山会は6年から19年の間に世田谷区の土地を含め、マンションや土地など十数カ所、約10億円の不動産を購入している。不動産取得費用は事務所費として支出され、過去に問題となり、19年の政治資金規正法改正で資金管理団体の不動産取得が禁止されるきっかけになった。

 これほど多額の資金を不動産に投じること自体、疑問であり、異常なことだ。総務省によると、20年末現在で不動産の所有を届け出ている資金管理団体は陸山会だけだという。

 国会質疑では前原誠司国土交通相が「政治資金で不動産を買うべきでない」と答弁したが、これが常識だ。政治活動に不動産は必要ないはずだ。

 世田谷区の土地をめぐる政治資金規正法違反事件では、小沢氏の個人資金を陸山会に出し入れするなど資金操作が行われた疑いがある。不動産購入資金が政治資金なのか、個人の資金なのか判然としないことも問題だ。

 また資金管理団体には税の優遇措置があり、購入原資や相続の際にかかる税金を逃れていたのではないかとの疑問もでている。

 政治家個人の不動産取得など国民の多くが不信を持つ事態を小沢氏はどう受け止めているのか。検察当局は土地疑惑の全容解明にさらに努力してもらいたい。

  記事の紹介終わりです。

 

 

我が郷……』の本日記事へは、  をクリックしてお進みください。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする