夕暮れの最後の光が、ビルの谷間に吸い込まれていった。
天空の星を地上に散りばめたような灯火が、
コンクリートの森にゆっくりと浮かび上がってくる。
夕闇の終わりを彩る車輌のランプが、
渋滞に息詰まる都道の上に赤と白の彗星の尾を長くたなびかせていた。
都内へと戻る高速道路の案内標識を一つ後方へ見送る毎に、
一つずつ言葉の数を減らしていったボルボの車内には今、
カーステレオから佐野元春の歌声だけが流れている。
筒井はフロントガラスの先を見つめながらハンドルを握り、
萩原は身を深く沈めた助手席のシートから藍色の空を眺め、
吉岡は後部座席の窓ガラスに凭れながら車窓の流れを見つめていた。
宵のビロードにゆったりと包まれていく町並みは、
家路を急ぐ人々の吐息をゆったりと抱きとめている。
一つ、また一つと家の窓に明かりがともっていく情景を、
吉岡は流れいく車窓からそっと眺め続けていた。
「帰り道ってすごく早く着く感覚がするよな・・・。
筒井が珍しく道に迷わなかったせいもあるけどさ」
群青に色を深めていく夕空を眺めながら萩原がポツリと言った。
「珍しくってどういう意味だよ」
渋滞のランプを見つめながら筒井が平たく言い返す。
「そういう意味だよ、よく復習したまえ」
「夕飯はカツ丼って意味だな」
「どうしてそうなるんだよ、筒井」
前部座席から聴こえてくる筒井と萩原の会話に、
車窓を眺める吉岡の目じりがふっと微笑みに埋もれていく。
カーステレオの曲目が変わって、新たなメロディーが流れ始めた。
ピアノの音色に打ち合わされた前奏が流れ出した瞬間、
筒井と萩原の会話にふっと沈黙が滑り込んでいった。
ガラスのジェネレーション
さよならレヴォリューション
ライブ用にスロー編曲された歌声が、
車内に舞い降りた沈黙の隙間をゆっくりと押し広げていく。
リズムにのった歌詞が町並みの景色と重なり合い、
車窓の後方へと静かに流れ去っていった。
「この曲ずっと繰り返し聴いてたよな・・・」
曲が間奏に入ってから、萩原が呟くように言った。
「高校の卒業式の後さ、海に向かってドライブした車ン中で。
着いたのは山だったけど」
歌のフレーズと思い出を縫い合わせるように、
萩原は終わりを告げた夕空を遠く眺めながら言葉を紡いだ。
シートに頭を乗せて見つめる夜空には、か細く光る星の光が瞬いている。
「いつも道に迷ってばっかだったよな・・・。楽しかったけどさ、
それでも」
ため息混じりに聴こえてきた萩原の言葉に、
吉岡はこめかみを、こつん、と窓ガラスに寄せた。
静かに見つめ続ける車窓には、
制服姿の学生や会社帰りのサラリーマンたちが、
様々な表情を舗道に落としながら足早に往き交っている。
筒井はウィンカーを左に出してハンドルを切り、
狭く入り組んだ横道へとボルボを滑らせて行った。
幹線道路から一本奥まった狭い住宅路の縁にボルボは止まり、
筒井がサイドブレーキを引いてエンジンを切った瞬間、
辺りの静寂がすんと車内に落ちていった。
フロントガラス越しに、一本の坂道がなだらかに伸びている。
冴え渡った光りを放つ月明かりの先に、
高校の校舎が青白く浮かびあがっていた。
「伊代はもう40半ばだから」
シートベルトを外しながら萩原が唐突に言った。
「だからなんだよ?」
バックルのボタンを押しながら筒井が問い返す。
「センチメンタルジャーニーってことですよ、筒井君」
萩原はコリをほぐすように首を軽く左右に回しながら答えて、
「違うな。カンバックサーモンが正確だ」
「クイズしてんのかよ」
即座に言い返してきた筒井にすいっと顔を向けて反論した。
「なら筒井は川に還って来たサーモンを片手で叩き上げてる
エゾヒグマっていうことで正解なんだな」
「俺はイクラは好きじゃないんだよ」
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ。笑ってないで
援護射撃してくれよ、ヒデ」
「鮭を銜えた熊の置物ってどこの家にもあったよね」
「そうじゃないだろ」
「何がだよハギ。トンチしてんのかよ。お前は一休さんか?」
「お前が先に会話を混乱させたんだろ、筒井」
「そういえば一休さんっていつも薄着だったよね」
吉岡は笑いながらそう言って筒井と萩原にそれぞれのジャケットを手渡し、
ドアを開けて車外に出た二人に続いて自分も夜天へ出た。
冷たい夜気が、微熱にほてった頬をさっと包み込んでいく。
「さみぃじゃねぇかよ、どうしてくれるんだ」
三人はその場でジャケットをはおって寒さを追い払い、
「トロピカルな気分とはいかないだろ、2月なんだぜ」
それぞれのポケットに両手を突っ込んで、
「沈丁花の香りがするね」
高校の三年間を共に通い通した坂道を静かに登っていった。
昔のままだよな・・・とふと呟いた萩原の言葉に、
ふいの沈黙が三人の間に舞い降りていく。
坂の両側に建ち並ぶ家々は澄ましたように静まり返り、
センターラインのない車道は通る車もなく退屈気で、
青白い光を吸い込んだアスファルトの上には、
三つの月影だけが色濃く映り落ち、動いていた。
三人は、黙って坂を登りつづけていく。
若葉の緑に雨のグレー、照り返す白い陽射しと落ち葉の紅葉・・・
一歩足を踏みだすごとに、一つ思い出の景色が呼び戻されてくる。
様々な景色が織り込まれた坂道を、様々の思いを抱き返しながら、
三人はゆっくりと辿り戻っていった。
周囲に静かに響いていた靴音が行き着いた先の正門の前で止まり、
三人は揃って校舎を眺め上げた。
コンクリートの建物の真上に、16番目の月が浮かんでいる。
三人は何も言わずに、暫く黙って校舎を眺めていた。
月は息を潜めてひっそりと、三人の姿を見守っている。
やがて萩原が、最初に口を開いた。
「見つかったらお巡りさんに叱られるよな」
「お巡りさんなら俺らの横にいるだろ」
「ではお巡りさん、どういたしましょう?」
「よろしいんじゃないでしょうか」
三人は同時に鉄門の縁を掴んで軽々と身を持ち上げ、
反対側の構内へとひらりと飛び降りた。
そのまま夜の校庭へと一気に駆けていく。
追いかけあう風のように走っていった三人は、
誰もいないグラウンドの中央で、
軽く息を弾ませながら校舎に振り返って走りを止めた。
前方に佇む建物は、懐かしく、そしてどこかよそよそしい趣きで、
じっと三人を見つめ返してくる。
「相変わらず男所帯丸出しの雰囲気だよな」
校舎全体を改めて見渡しながら萩原が言った。
「相変わらず男子校なんだから当たり前だろ」
筒井は見上げた校舎から軽く視線を外して萩原の言葉を受け返し、
隣で遠く校舎を見つめている吉岡の風上に肩を並べなおした。
ひっそりと月の光が降り下りた構内には、
風冴ゆが時折、
凍った夜気をかすかに揺らしていく。
萩原は視線を校舎の二階から三階へと順に移していきながら、
教室の窓の向こう側に詰め込まれたかつての風景を探していった。
金色の夕日に染まる長い廊下に、
茜色のため息と笑い声・・・。
学生服のズボンのポケットに軽く両手を突っ込んだ吉岡と筒井が、
教室の窓枠に寄りかかりながら笑い合っている。
一緒に笑っている自分の姿も見える。
あの頃はみんな、
音楽と、文庫本と、切ない恋と、
追いかける夢を食べて生きていた・・・。
ぼんやりと考えながら横を向いた萩原の隣に、
吉岡と筒井がまっすぐ校舎を眺めながら佇んでいた。
萩原は再び教室の窓に視線を戻し、そしてその向こう側へと
気持ちをくぐらせようとした。
ガラス窓の向こうで学生服姿の自分が笑っている。
窓辺に寄りかかった吉岡と筒井が笑っている。
その背後の向こうに、
いくつもの空が広がっている。
そうだあの頃、いつも、いつも、その先の先へと、
未来を繋げようとしていた窓の向こうの空・・・。
だけど、それはもう・・・。
そう思いかけたところで、萩原は視線を横に戻した。
月明かりの下で、吉岡と筒井が、静かに、しっかりと、
グラウンドの上に立っている。
背後の景色がどんなに変わっていっても、
吉岡と筒井が持ち続ける心の眺めは変わらない。
けれども自分はどうなのだろう・・・。
萩原はそう心の中で自問しながらグラウンドに目線を落とした。
あの頃に教室の窓から眺めていたあの空を、今、
淀みなくまっすぐに見つめ返せる自分はいるのだろうか・・・。
「いつのまに大人になってんだ・・・」
萩原は視線を空中に浮かせながら、ぽろりと言葉を零した。
校庭は静まり返り、校舎は押し黙ったままじっと月夜に佇んでいる。
「大人になるなんて思いもしなかったのに・・・あの頃は・・・」
一生懸命になることに飽き飽きしながらも、
それでもいつも一生懸命に突っ走っていた、
かつて確かにあの窓の向こう側に存在していた自分は、
一体どこにいってしまったんだろう・・・。
萩原は視線をグラウンドに落とし、足元の土を軽くつま先で蹴った。
乾いた土が、重たげに宙に舞い上がっていく。
「なのに今じゃ、なんだかんだと机の上に御託並べてさ、
でもその偉そうな言い分と自分の足並みが揃っていないってことには、
まるで無頓着のままでいるんだぜ・・・。主張と文句は紙一重だってことを
屁理屈っていうゴミ箱の中に都合よく捨てちまってんだ。
だらだら文句言いながら自分を正当化してさ、自分で作った生活の方程式に
自分で解けずに自分でがんじがらめになってんだ、なにやってんだ、俺・・・」
萩原は教室の窓ガラスを見つめ上げた。
沈黙する窓ガラスの向こうには、痛いほど鮮明な日々が存在しているのに、
けれどもそれは、絶対的に帰属することのできない思い出の中にある。
「減価償却しながら年とってさ、無駄に老いぼれていくだけなのかもしれない、
これからも・・・」
「ハギ、」
低く静かな呼びかけに横を向くと、筒井がまっすぐに校舎を見つめていた。
「大人にはさ、なるんじゃなくてなっちまうんだよな。だけどさ、
どんなもんになっちまうのかは、自分の選択次第だろ」
ゆっくりと言い足した筒井の隣で、
吉岡が静かに校舎を見つめ続けていた。
月の光に透き通り、ふいにふっとどこかに消えて行ってしまいそうな
その横顔を目にした萩原の胸の中に、
感情にまかせたまま吐いてしまった先ほどの言葉の破片が、
斬りこむように飛び返ってきた。
そうだ・・・ヒデはもう・・・
胸を締めつけるような思いが急激に浮かび上がってきて、咄嗟に
ごめん、と言いかけた言葉がしかしふっと宙に浮かんでいく。
言葉に出来ない思いは更なる痛みを伴って胸の奥へと深く沈んで、
結局何も言うことができないまま、萩原は、目を伏せた。
「年を取るのと、老いていくのは、別のことなのかもしれないよ」
ふわり、とした明るい言の音に掬い上げられて、
萩原は顔を横に向けた。
吉岡が、穏やかな眼差しを向けている。
大切なことを言う時にいつもそうするように、
ほんの少し、照れたような、困ったような表情を瞳に浮かべて、
吉岡は見つめ返してくる萩原に微笑んだ。
「老いるっていうのは・・・年齢の数で決まるものじゃないよね。
心の中に、諦念という限界線を引いてしまうごとに、人は一つずつ
老いていってしまうんだと思うんだ・・・」
そう言って吉岡は萩原に深く微笑みなおし、
それから静かに身体の向きを後方に変えて、
体育館寄りに位置したサッカーゴールの方へと歩いていった。
それが癖のように左肩をわずかに下げてさっと大股に歩いていく後ろ姿が、
青白い月の光の中に透いたように浮かび上がっている。
「なぁハギ、」
筒井が横から話しかけながら萩原の隣に肩を並べなおした。
二人の瞳の中には、ゴール内に置き忘れられたサッカーボールを
軽くドリブルしながら宙にリフティングした吉岡の姿が映っている。
「いつだってさ、ヒデは俺たちの横にいてくれるよな」
筒井は見えない何かを形にしていくように、
ゆっくりと言葉の接ぎ穂を落としていった。
「どんなときだって、ヒデはそこにいてくれるだろ」
ハギ! と吉岡の呼び声が聴こえてきて、続いて浮き球のボールが
シュッと曲線を描いて飛んできた。後方に抜ける寸でのところで、
萩原は右足でボールをトラップした。筒井は静かに話しつづけていく。
「ずっとそうだっただろ。いつだってどんな時だって、
ヒデはまるごと俺たちと一緒にいてくれるよな。なのに俺たちはさ、
ヒデの命の行き先ばかりに気を取られてるんだ」
萩原は蹴り足を上げて吉岡にパスを返した。
グラウンダーとなって蹴り戻っていったボールを、
吉岡は足首の内側でトラップしたツータッチパスで返してくる。
確かなコントロールで飛んできたボールを、
萩原は再び右足でレシーブした。その耳元に筒井の落ち着いた言葉が続いていく。
「今この時にさ、ヒデはボールを蹴ってるんだよな。
満身でボールを蹴り返してくるんだよな。そうだろ、ハギ?
それがヒデだろ。いつだってそうだろ。生きているこの瞬間に、
出し惜しみなんて絶対にしないのがヒデだよな」
筒井が伝えてくる言葉を心の奥で噛み締めるように受け止めたまま、
萩原は地面に伏せた視線を前方に持ち上げてボールを蹴り返した。
宙に浮いて飛んでいったボールが吉岡の膝の内側で止まって、
すっと地面に落ちていく。
「旅の間中、ずっと悩んでたんだ。俺は正しいことをしているのかって」
打ち明けるような口調で、筒井は言葉を継いでいった。その目線の向こうで、
吉岡が足元にバウンスしたボールを軽く右膝に蹴り上げている。
「医者として・・・適切な行動を取るべきじゃないのかって」
でも・・・、と言って筒井は言葉を止め、
相手からのパスをレシーブする体勢に身構えた。
それを確かめたように足の角度を変えた吉岡から、
ひゅっ、と空気を切ったボールが飛んでくる。
筒井は右足の側面でしっかりとパスを受け止めた。
「でも行ってよかったって今では思ってる。そう思えたんだ、
だからそれでいいじゃないかって、今はそう思ってる」
揺らぎのない口調で筒井はそう言うと、
ヒデ! と大きく呼びかけながら数歩下がって助走をつけ、
力一杯ボールを蹴り返した。
反対側のゴールへと一直線に飛んで行ったボールを目指して、
筒井はグラウンドを一気に駆け出していく。
タッチの差で先にボールに追いついた吉岡が、
くるっと踵を返してドリブルを逆方向にシフトさせていく。
互いの掛け言葉に笑い合いながらゴールを競う吉岡と筒井の姿を、
萩原は遠くから眺めていた。
ボールを奪取しようとする筒井をさらりとかわしていった吉岡は、
ゴールの数メートル手前で軸足を固定して深く斜めにシュートした。
シュッ、と風をきったボールが、ネットの真ん中に綺麗に食い込んでいく。
夜空を仰いで何か叫んだ筒井の声に、吉岡の笑い声が朗らかに被さっていった。
ふいに萩原の心に風が通り抜け、
詰めこんだ息がふっとほぐれていく感覚がした。
ふざけ合う吉岡と筒井の笑い声は思い出の日々を呼び起こし、
呼び起こされた日々は、今現在の二人の姿にすっと違和感なく溶け戻っていく。
萩原はボールを追っている吉岡と筒井の姿を見つめなおした。
時の流れの中で、
何かは確実に失われていってしまう。
人は変わっていく。
変わっていくのが人だ。
生きていく流れの中で、
それは不可避なことなのかもしれない。
けれども、
時の流れの中に、
変わらずに生き続けていくものは確かにある。
ずっと生き続けていくもの。
それは、
ここにある。
ここにあるんだと、
光をそっと射し与えてくれるもの。
それが、
友情なんだ。
ボールを追いかける吉岡がふと振り向いて、
萩原に呼びかけるように笑いかけた。
萩原は駆け出した。
筒井がパスを寄越してくる。
吉岡はさりげなく萩原のサポートに回りこみ、
加速のついた萩原の蹴り足がボレーでパスを返していった。
「お前、中学の時サッカー部に入ってたんじゃなかったのかよ、ハギ」
軌道を大きく外れてグラウンドの隅に飛んで行ったボールを追いかけながら、
筒井が叫んだ。
「入ってたよ。入部初日に初めて蹴ったボールでつまづいて捻挫して、
そのままフェードアウトした伝説のサッカー部員だったんだ、俺は」
筒井を追いかけながら言い返した萩原の耳元に、
可笑しそうに明るく笑う吉岡の笑い声が心地よく届いてくる。
「なんだよそれじゃあ、お邪魔しましたが玄関先で失礼しました、
ってことじゃねぇかよ、ハギ」
筒井は追いついて止めたボールを再びゴールに向かってドリブルし、
「遠慮深いんだよ、俺は」
更に言い返しながらその足元に割り込んでいった萩原の足元から、
すっとボールが脇にはじき出されて、
後方から二人をサポートしていた吉岡の右足に受け止められた後、
ヒュッと大きく宙に蹴り上がっていった。
ボールは高く夜空に飛び、月の光をさっと横切っていく。
半円を描きながらゴール前に落ちていったボールを、
筒井が突進したヘディングでシュートした。
「やったぜパパ、今日の夕飯はカツ丼だ!」
筒井はゴールの叫びを上げるとそのまま正門に向かって走り出した。
「負けた奴のおごりだぞ!」
「だからなんでそうなるんだよ、筒井!」
筒井の背中に叫びながら萩原も吉岡と一緒に正門へ駆けて行く。
萩原の心の中に、聞きなれた歌のフレーズが浮かんできた。
ガラスのジェネレーション・・・
この場所から旅立っていった時に聴いていた歌。
さよならレヴォリューション・・・
そしてこの場所に戻ってくる途上で聴いていた歌。
いつの日も君を
忘れない・・・
心の中を巡る佐野元春の歌声はいつの間にか、
卒業式のあと車の中で繰り返し一緒になって歌っていた
三人の歌声へと変わって、萩原の身体全体に流れ出していった。
ガラスのジェネレーション
さよならレヴォリューション
つまらない大人にはなりたくない
So one more kiss to me...
三人は月明かりのグラウンドをまっすぐに突っ切って、
つまらない大人にはなりたくない
So one more kiss to me
静まり返った校舎の横を駆け抜けて行く。
走りながらふと見上げた萩原の視界に、
夜空に枝を張る落葉樹の姿が入ってきた。
萩原の足が、つと止まる。
そしてその目線が、
校舎の窓ガラスに添う並木をゆっくりと眺め上げていった。
そうだ・・・この木・・・・
萩原は心の中で呟いた。
教室の窓枠に切り取られた小さな空の向こうに、いつも
高く高く、大きな高みへと枝葉を伸ばしていたこの木・・・
旅に出る前夜にヒデに会いに行った公園で、
ふと見上げたのもこれと同じ木だった・・・。
この木は・・・
不意に人の気配を感じて横を向くと、
吉岡が静かに佇んでいた。
「ヒデ、」
呼びかけた萩原に、
吉岡の穏やかな眼差しがすっと深みを増していく。
「これさ・・・何の木だっけ?」
そう問いかけた萩原から、吉岡は静かに視線を移して
教室の窓に寄り添う立ち木を見上げていった。
心を清ましていくように、やわらかく純粋な瞳が、
樹木を含んだ夜空全体をそっと抱きかえしていく。
ふいに渡ってきた宵風が、
額にかかった吉岡の前髪をそっと揺らして、
どこか遠くへと吹き去っていった。
「・・・ヒデ、」
急に心細くなって呼びかけなおした萩原に、
吉岡はふっと視線を戻すと、
「欅の木だよ」
そう静かに答えて、
そしていつものように、
やさしく笑った。
なおさん、こんにちは!
コメントありがとうございます
頂いたお言葉の一つ一つがとてもとってもありがたくて、
大切に何度も繰り返し読ませて頂きました。
小説という形で文章を書くのは初めてのことで、
文脈が右往左往してしまい読みづらい部分が多かったと思いますです。
読んでいただけることが力となって、
今までこうして書き綴っていくことができました。
なおさん、一緒に伴走してくださってありがとうございました。
感謝の思いで一杯です。
>「そんなんじゃねえよ・・。」って純君ふうに言われるかもしれませんね。
そうですよねぇ。そう言われるかもしれないですよね。でも、
>本質がそうあるからこそ表出されるものもすばらしいのだと信じます。
私もそう思ってやみません。
本質とは嘘をつけないものですものね。嘘をつけないものだから、それはどうしたって
その人の「在り方」にじょわんと滲みでてきてしまうものですものね。
美しいな・・・と多くの人が感じとる吉岡君の「在り方」。それは彼のもつ本質が
そうあるからこそにじみ出てくる美しさなのだと思うでありますです。
なおさん、いつも読んで下さって本当にありがとうございます。
この話の後に、本編の最終話・後編へと続く話がまだ残っているとですが、
七月の半ばから一ヵ月半日本に帰る前に書き上げられたらいいなと思っておりますです。
またお付き合いいただければとても幸いです。
こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。
幸せのたくさん詰ったコメント、ありがとうございました。
とっても嬉しかったです。