つぶやき、遊び・仕事・日常

一日の出来事のあれこれを雑多に記録していきます

空の茶碗

2019-09-08 18:58:26 | 日記
とかく忙しい現代人だ。
そして、とかく疲れている現代人だ。
物質的には、世の中はもうまあまあのところまでは来ている。
で、精神的な安息はどうかというと、これはとても難しいようだ。
そんなわけで、ずっぽりとはまる宗教とまではいかないにしても、精神的な教えに心が揺り動かされる。
疲れ果てているビジネスパーソンは、こんな視点はどうでしょう。

◆素直さは学びの原点
 ある禅の高僧が、弟子の一人を拙宅(自分の住まい)に招いた。
 そこで、弟子は教えを得るにはどうしたら良いのでしょうか、と尋ねた。
 高僧は、さすれば・・・ とお茶を用意した。
 そして、師は弟子の茶碗にお茶を注ぎ始めた。しかし、お茶が一杯になっても、なお注ぎ続けた。
 お茶は、茶碗からあふれて卓へとこぼれ、すぐに床へとこぼれた。
 
 とうとう弟子は言った。もうおやめください。お茶はあふれております。もう茶碗には入りません。
 師は言った、よくぞ見て取った。その通りである。
 お前についても、同じことが言える。
 私の教えを得ようと思うのならば、まず頭の茶碗を空にするべきである。

 空の茶碗は素直な心を表わす。
 お茶でいっぱいになった茶碗は、素直ではない心のたとえのようだ。
 人から何らかの教えを受けるとき、最も大切なのが素直な心のようだ。
 人の助言を素直に聞き、それを自分できちんと消化できる人は、仕事でも勉強でもスポーツでも伸びるという。
 それは、教えや助言を自分のものとして受け入れられるからだ。
 受け入れない人は、身につかない、そして結果的に伸びないのだ。

 な~んだ 簡単なことじゃないか。
 でもとか、だってとかを言わなきゃいいんでしょ。
 はい、わかりました。と言ってればいいんでしょ。
 その通りです。でもそれが意外に難しいのですがね・・・
 禅の極意はわかった!! あとは、少しずつそこに近づくだけだ。な~んてね。