スペインの北の果てに、中世から続く巡礼路があることを知ったのは随分以前のことだ。
確か京都の本屋だったかな、なにげなく手にした冊子だったように思う。
キリスト教関係の小さな本屋。
フランスとスペインの国境の村から、およそ800キロの巡礼路と記されていた。
巡礼者は皆、ホタテ貝をぶら下げて延々と40日ちかく歩き続ける旅。
その巡礼路の名は、サンチャゴ・ド・コンポステーラと言う。
Santiago de Compostela
その言葉の不可思議な響きを脳裏に秘めて20年近く経ったことになる。
いつかやってみたいなと思いつつ、今年初めての実現となった。
以前、職場の同僚にこの話をすると、ヘミングウェイというアメリカの小説家の名が出てきた。
ヘミングウェイがこの巡礼路のパンプローナ近くの村で長逗留してマス釣りを楽しんだということだ。
彼の小説「日はまた昇る」の舞台だそうで、同僚もいつかそこでマス釣りをしたいと言っていた。
その後、巡礼路実現の思いは徐々に薄れていき、いつしかすっかり忘れてしまっていた。
この間、自転車に目覚め(?)、自転車を脚にして海外や日本をあちこち旅することになる。
なんで自転車なのか?
旅路は自分の脚で歩きたい。鉄道やバスもまた別な楽しみになると思うけど、
自分の力で、しんどい思いをしての旅こそ意味があるのかなと、今も昔も変わらない思いだ。
そして、自転車で風を切って走る爽快感はまた格別で、歩くことよりも一層自分の体に合っている。
要するに、自転車が好きなのだ。
今回、その気になったのは昨年ピレネーの麓の村まであしを延ばし、
巡礼路(ナポレオンの道)の一部を歩いたことが刺激になった。
その村こそ、フランス側からの巡礼路出発の村。
サンジャン・ピエ・ド・ポールだ。
St.Jean Pied de Port
クリスチャンではない自分。ましてやカトリック信者でもない自分。
なんのために、何の目的で800キロ先の、サンチャゴを目指すのか。
確か京都の本屋だったかな、なにげなく手にした冊子だったように思う。
キリスト教関係の小さな本屋。
フランスとスペインの国境の村から、およそ800キロの巡礼路と記されていた。
巡礼者は皆、ホタテ貝をぶら下げて延々と40日ちかく歩き続ける旅。
その巡礼路の名は、サンチャゴ・ド・コンポステーラと言う。
Santiago de Compostela
その言葉の不可思議な響きを脳裏に秘めて20年近く経ったことになる。
いつかやってみたいなと思いつつ、今年初めての実現となった。
以前、職場の同僚にこの話をすると、ヘミングウェイというアメリカの小説家の名が出てきた。
ヘミングウェイがこの巡礼路のパンプローナ近くの村で長逗留してマス釣りを楽しんだということだ。
彼の小説「日はまた昇る」の舞台だそうで、同僚もいつかそこでマス釣りをしたいと言っていた。
その後、巡礼路実現の思いは徐々に薄れていき、いつしかすっかり忘れてしまっていた。
この間、自転車に目覚め(?)、自転車を脚にして海外や日本をあちこち旅することになる。
なんで自転車なのか?
旅路は自分の脚で歩きたい。鉄道やバスもまた別な楽しみになると思うけど、
自分の力で、しんどい思いをしての旅こそ意味があるのかなと、今も昔も変わらない思いだ。
そして、自転車で風を切って走る爽快感はまた格別で、歩くことよりも一層自分の体に合っている。
要するに、自転車が好きなのだ。
今回、その気になったのは昨年ピレネーの麓の村まであしを延ばし、
巡礼路(ナポレオンの道)の一部を歩いたことが刺激になった。
その村こそ、フランス側からの巡礼路出発の村。
サンジャン・ピエ・ド・ポールだ。
St.Jean Pied de Port
クリスチャンではない自分。ましてやカトリック信者でもない自分。
なんのために、何の目的で800キロ先の、サンチャゴを目指すのか。