【誰一人傷つけないで生きていくのは、難しいことなのですか?】
与謝野晶子さんの詩も、May'nさんの歌も、それぞれ素晴らしいなあ…。
お盆であり、終戦の日・終戦記念日でもある…こんな日に読み返し聞き返したい傑作です。
しょっぱなからガチなスピリチュアル話をば。
大学の教授だったと記憶していますが、昔ある先生がこんな話をしてくれた。
彼は日本一の大学で教えるのがメインでたまに我が母校でも教えてる人で、駒場か本郷三丁目かは忘れましたがいずれかのキャンパスで
「戦時中の子ども」
と思しき幽霊を何度も見かけたのだそうです。
幽霊は視える人の目には意外なほどはっきりリアルに見えると言われている。
(某古い都なんか、視える体質の人には
「どれが生きてる人間で、どれが死んでる人間なのかわからないくらいたくさんいる」
そうですよ)
子どもが時に立ち、時にしゃがみこんで、たった一人でいる。
悲しそうな…思いつめたような…呆然としてるような…今でもよくいる和顔の子ども達だけど、髪や粗末な服が
「あきらかに今の子どもとは違う」
感じで、声をかけようとしたりすると忽然と姿を消してしまうのだそうだ。
「今でも戦争をあの子どもたちが生きているのかと思うと、哀れでねえ」
そんな風に語っていた。
幽霊か、土地に焼きついた強烈な記憶か…いずれにしても、彼ら・彼女らを飲み込んだ過酷な運命を思うと胸が苦しくなりますね。
「自分、視えないものが視えちゃうんです!!!」
ってのは昔からあるスピリチュアル・マウントのひとつ。
嘘か本当か、霊感か脳の病気かはおいておいて、こういうマウント取る人はたいてい
「だからお城は苦手。
見えすぎちゃうから」
とおっしゃる。
たいてい戦国時代を想定して言ってるようですけど。
城に色んなものが残るのはよくわかるので、ありそうな話だなとは思いますけどね。
戦国より明治維新より、太平洋戦争はずっとずっと近いんだよ。
だから、視えるならそっちの方がよほど苦手になるんじゃないか…とも思います。
昔々に隅田川の近くのレストランを利用したことがあるのですが、親戚の老年男性が
「ここからね、あっちに逃げた人はみんなみんな死んだ。
こっちに逃げた人は生き延びた。
戦争だったから。
ここに来るたびに手を合わせてしまうよ」
と教えてくれた。
重い重い時代の証言です…。
※東京大空襲
(Wikipedia)
視える人が合わせれば今でも幽霊もいらっしゃるでしょうし、悲哀の記憶も強烈に土地に焼きついてるんじゃないでしょうか。
「すべては、この大地が覚えているだろう」
か…。
【罪悪感を使って、仕方なかったと正当化する】
今年(2022年)は、肥沃な大地を持つかの国が戦争になったことで多くの人にとって戦争が
「すぐ近くにある現実」
となったことでしょう。
平和ボケしてると揶揄されるこの国においてなら、なおさら。
細かいことは私、弱いし賢くないから書けないけどね。
どんな理由があろうとも、家族が離散させられたり故郷を追われたり…民間人が攻撃されて負傷したり亡くなったり。
そういうことをね、かわいそうだと、ひどい!と感じられないなら、心が少しも痛まないのなら、私は人として大切なものを奪われてると思う。
それは昔の戦争においてもです。
軍事施設でもなんでもない街を焼くのが
「お前らが悪いんだから当たり前」
ですか?
街には命があり生活があるのに。
私は辛いよ。
漫画『この世界の片隅に』はアニメ版ドラマ版と共に素晴らしい名作だと思っていますが、あー戦後の時代で生かされた人の作品だなと思った点がひとつ。
ヒロインのすずさんは空襲で大切な大切な幼く愛らしい姪っ子さんの命を奪われ、自身も片腕を失くします。
そして故郷・広島に原爆が投下されたため両親は犠牲となり、生き残った妹さんは重い原爆症に苦しんでいました。
これって本当に
「悪いことをしたんだから当然の報いだ」
なのかな?
姪っ子ちゃんが誰になんの暴力をふるったというの?
真面目に働いていたご両親が、妹さんが。
悪い人の持ち物だから、踏みにじられても仕方ないとでもいうのですか?
その罪悪感は何のために施されたものか。
怖いからこれ以上書かないけれど、すごく疑問だよ。
※この世界の片隅に(Wikipedia)
最後に、私の祖父が戦後よく言ってたという言葉を。
「戦争に負けたからって、魂まで売るいわれはない。
自分を卑しめないで。
ぜったいに誇りを失くしてはいけないよ」
祖父が亡くなって長い時を経てからこう言っていたのだと知った。
重い言葉だと思う。
私は考える、魂ってなにか、誇りってなにか。
・容姿は心を決定しないんだなって。
与謝野晶子さんの詩も、May'nさんの歌も、それぞれ素晴らしいなあ…。
お盆であり、終戦の日・終戦記念日でもある…こんな日に読み返し聞き返したい傑作です。
しょっぱなからガチなスピリチュアル話をば。
大学の教授だったと記憶していますが、昔ある先生がこんな話をしてくれた。
彼は日本一の大学で教えるのがメインでたまに我が母校でも教えてる人で、駒場か本郷三丁目かは忘れましたがいずれかのキャンパスで
「戦時中の子ども」
と思しき幽霊を何度も見かけたのだそうです。
幽霊は視える人の目には意外なほどはっきりリアルに見えると言われている。
(某古い都なんか、視える体質の人には
「どれが生きてる人間で、どれが死んでる人間なのかわからないくらいたくさんいる」
そうですよ)
子どもが時に立ち、時にしゃがみこんで、たった一人でいる。
悲しそうな…思いつめたような…呆然としてるような…今でもよくいる和顔の子ども達だけど、髪や粗末な服が
「あきらかに今の子どもとは違う」
感じで、声をかけようとしたりすると忽然と姿を消してしまうのだそうだ。
「今でも戦争をあの子どもたちが生きているのかと思うと、哀れでねえ」
そんな風に語っていた。
幽霊か、土地に焼きついた強烈な記憶か…いずれにしても、彼ら・彼女らを飲み込んだ過酷な運命を思うと胸が苦しくなりますね。
「自分、視えないものが視えちゃうんです!!!」
ってのは昔からあるスピリチュアル・マウントのひとつ。
嘘か本当か、霊感か脳の病気かはおいておいて、こういうマウント取る人はたいてい
「だからお城は苦手。
見えすぎちゃうから」
とおっしゃる。
たいてい戦国時代を想定して言ってるようですけど。
城に色んなものが残るのはよくわかるので、ありそうな話だなとは思いますけどね。
戦国より明治維新より、太平洋戦争はずっとずっと近いんだよ。
だから、視えるならそっちの方がよほど苦手になるんじゃないか…とも思います。
昔々に隅田川の近くのレストランを利用したことがあるのですが、親戚の老年男性が
「ここからね、あっちに逃げた人はみんなみんな死んだ。
こっちに逃げた人は生き延びた。
戦争だったから。
ここに来るたびに手を合わせてしまうよ」
と教えてくれた。
重い重い時代の証言です…。
※東京大空襲
(Wikipedia)
視える人が合わせれば今でも幽霊もいらっしゃるでしょうし、悲哀の記憶も強烈に土地に焼きついてるんじゃないでしょうか。
「すべては、この大地が覚えているだろう」
か…。
【罪悪感を使って、仕方なかったと正当化する】
今年(2022年)は、肥沃な大地を持つかの国が戦争になったことで多くの人にとって戦争が
「すぐ近くにある現実」
となったことでしょう。
平和ボケしてると揶揄されるこの国においてなら、なおさら。
細かいことは私、弱いし賢くないから書けないけどね。
どんな理由があろうとも、家族が離散させられたり故郷を追われたり…民間人が攻撃されて負傷したり亡くなったり。
そういうことをね、かわいそうだと、ひどい!と感じられないなら、心が少しも痛まないのなら、私は人として大切なものを奪われてると思う。
それは昔の戦争においてもです。
軍事施設でもなんでもない街を焼くのが
「お前らが悪いんだから当たり前」
ですか?
街には命があり生活があるのに。
私は辛いよ。
漫画『この世界の片隅に』はアニメ版ドラマ版と共に素晴らしい名作だと思っていますが、あー戦後の時代で生かされた人の作品だなと思った点がひとつ。
ヒロインのすずさんは空襲で大切な大切な幼く愛らしい姪っ子さんの命を奪われ、自身も片腕を失くします。
そして故郷・広島に原爆が投下されたため両親は犠牲となり、生き残った妹さんは重い原爆症に苦しんでいました。
これって本当に
「悪いことをしたんだから当然の報いだ」
なのかな?
姪っ子ちゃんが誰になんの暴力をふるったというの?
真面目に働いていたご両親が、妹さんが。
悪い人の持ち物だから、踏みにじられても仕方ないとでもいうのですか?
その罪悪感は何のために施されたものか。
怖いからこれ以上書かないけれど、すごく疑問だよ。
※この世界の片隅に(Wikipedia)
最後に、私の祖父が戦後よく言ってたという言葉を。
「戦争に負けたからって、魂まで売るいわれはない。
自分を卑しめないで。
ぜったいに誇りを失くしてはいけないよ」
祖父が亡くなって長い時を経てからこう言っていたのだと知った。
重い言葉だと思う。
私は考える、魂ってなにか、誇りってなにか。
・容姿は心を決定しないんだなって。