横の席に乗るとサンウクが握手を求め豪快に笑った。
「おい、イミジ女史!」
酒を飲んでいるサンウクの口から、コニャックのような香りがする強い匂いが漂った。彼がなぜ運転手を連れてきたかわかった。
「僕たち二人は家が同じ方向じゃない。著名な女流小説家をエスコートしようという一念で駆けつけてきたのだから、そんな目で見るなよ。おい、ミスターチャン! 行こう。」
「あんた酔っているのね? 憎まれ口をきくのは酒癖じゃない。」
「あんたこそ酔っているんじゃない?」
「いいえ、別に・・・」
運転手が車を優しく出発させるとイミジはサンウクを見て尋ねた。
「ところで何の話があるの?」
その言葉にサンウクは目を閉じておとなしく口元に微笑を浮かべた。その時運転手が音楽をつけた。シークレットガーデンの曲が悲しく切なく流れ出た。イミジは口を閉じ、走る車の中から夜の漢江を眺め続けた。川沿いの道路に明滅する街路灯と不夜城を成すマンションの灯の光と、幻想的な照明でまるで虹のような橋を過ぎながら思った。夜の漢江は本当に美しい。夜がなかったら・・・たとえ嘘でも、すぐやってくる光に砕けても、夢と幻想をくれる夜がなかったら・・・川の表面が光を受け絶え間なく続く心電図のグラフのように見えた。本当に川のように歳月がずいぶん経っても悠々と流れていたのね。一時は、かなり昔にこの男のために一,二回涙を密かに流したこともあったわね。
目をつぶって考えにふけっている間に車はいつの間にかヨイドに入った。そしてあるビルの前で止まった。
「家に連れて行ってくれるんじゃ?」
「ここの一番上の階に悪くない洋酒バーが一軒ある。夜景もなかなかいい・・・まだ話が出来ていない。一杯だけ飲もう。家には運転手が連れて行ってくれるはずだから心配しないでくれ。ミスターチャン、一時間ぐらいしてから降りてくるつもりだから、下で待ってて。」
ぐずぐずしている間にサンウクが先に立ってエレベーターのボタンを押さえた。彼はそれほどたくさん飲んではいなかったようだ。洋酒バーに足を踏み入れるとマダムらしい女性が嬉しそうに迎えてくれて静かな部屋に彼等を案内した。ソファに座ると、彼が前に飲んで置いてある酒を持ってくるように言った。
彼とこうしてただ二人で酒席に向かい合って座るのは二十年も前だった。もちろん二人で対話することも稀で、たまにフロンティアの集まりがある時に、彼の車に乗って帰宅したこともあったが、なぜか二人きりで外の場所では会わなかった。
彼はバレンタインをオンザロックの杯に注ぎ、氷を入れて話した。
「いつもあんたとただ二人で一度こういう風に会わなきゃと考えていた。二十年間・・・。」
前よりは多少太った姿ではあったが、彼はまだ顔に疲れを漂わせてはいなかった。その言葉を口に出してはにかんだ表情をしているが、驚くべきことに魔法を働かしたように、二十年前の姿に戻っているようだった。しばらく沈黙が流れた。彼は話に苦労し、たてつづけに酒を口にもっていった。