文化の日、夏から計画していた楽しみの「幻の大仏鉄道」
を訪ねてウォークに行ってきた。
「幻の大仏鉄道」とは、明治31年(1898)に京都府の加
茂駅から奈良駅まで、関西鉄道「大仏線」として開業した
路線。当時は奈良へ観光客を運ぶ花形路線だったが、急
勾配の難所と次々と開通した他社線に客を奪われてわず
か9年、明治40年に廃止された鉄道線だ。
その悲しい運命にあった廃線の道を歩いてきた。
JR関西線加茂駅(京都府)、大阪駅から快速で約70分。
集合場所の加茂駅前、20分前なのにいっぱいの人、次
の電車でさらに増えてきた。

ランプ小屋・当時の鉄道の燈火は油ランプの時代。この
ランプ小屋には油の他に機関車の前照明客車内の照明
灯、列車の尾灯などが保管されていたという。加茂駅開
業当時の建物でオランダ積みの赤レンガ造りで切妻屋根
の倉庫としては珍しいという。

C5756 スタートしてすぐなつかしい機関車に遭遇した。
この機関車は他にはない機関車だった。
昭和34年4月、現在の天皇陛下、美智子妃殿下のご成
婚後、伊勢神宮と畝傍御陵に参拝された折に牽引した機
関車だそうだ。C57型は走る貴婦人と呼ばれる機関車で
山口線ではいまも走っているそうだ。(観光)
どうだ!このすばらしい秋空。いい気分になるな!

参加者は約300名、長い列があたりの景色に吸い込ま
れそう・・・

観音寺橋台・手前の左右橋台が大仏線のもの。奥の方
は現在の関西線。

右側の高いところに線路があったそうだ。

観音寺小橋台・きれいな姿で残っている。この上を線路
が敷かれ列車が通っていたのだろう。
このあたりは現在の関西線が平行して走っている。

里山の秋は豊かな風情で迎えてくれた。足取りも軽い・・

穏やかな秋のひざしに少しずつ汗ばみながらウォーカー
の列が続く。スタッフに聞くとこのウォーク、10月開催に
は約400人も参加してきたという。

大きな鹿背山橋台、盛り土をかなり高くして線路があった
ようだ。

このあたりの線路跡は道路になって、道路幅も線路幅に
なっているという。なんとなくその面影を残している。

線路跡の道路を歩く。

田んぼ道を一列に並んで・・・大人の遠足。

梶ケ谷トンネル 農道と水道確保のためにつくられたトン
ネル上を列車が通っていた。

赤橋・大仏線遺構の中では、梶ケ谷トンネルとともに代表
的なものらしい。レンガづくりの橋台は強固に見える。
きれいにそろって100年余もたっているとは思えない。
上にあった線路は道路になっている。

線路跡の道路が続く。このあたりまでくると歩力の差が
出てきて、ウォーカーの列は説明してくれる何人かのス
タッフに集まるか、ばらばらに歩くか、先頭と後方はかな
りの距離差でわからない。人家も少ない。

京都府から奈良県に入る。このあたりから急勾配になり
大仏線の難所だったらしい。

鹿川トンネル・ここは線路の下の農業用水路として造られ
現在も使われている。

大勢のウォーカーと歩くのもまた楽しい。秋のひざしをいっ
ぱい受けて、おいしい空気をいっぱい吸って、秋の高い空
のしたをいっぱい歩いた。まんぞく、満足!
それにしても鉄道ファンは多い。
普通のウォーキングとは違って写真撮影をする人がやた
らと多かったのにも驚いた。

奈良ドリームランドの前を通る、ここを大仏線が通っていた。

ドリームランド前を通過し野球場を過ぎたあたりから大仏
線は右へカーブして大仏駅へと続いていたそうだが現在
は市街地となり、住宅街をわずかに残る遺跡を辿って迂
回しながら大集団が進むために車、自転車からクレーム
をつけられる場面もあった。
今日のゴール地点。大仏駅のあったところ、いまは大仏
鉄道記念公園になって車輪型の記念碑がたったいる。
当時、大仏詣での人々はこの駅で下車し一条通りを通っ
て東大寺に参拝していたそうだ。

大仏駅跡で解散になったのでJR奈良駅まで歩いた。
今は新駅建設中のため移動して保存されている旧奈良
駅舎。


文化の日に、前から熱望していた幻の大仏鉄道の夢に
乗せてもらって念願かない、いい1日だった。
歩数 約24,000歩
を訪ねてウォークに行ってきた。
「幻の大仏鉄道」とは、明治31年(1898)に京都府の加
茂駅から奈良駅まで、関西鉄道「大仏線」として開業した
路線。当時は奈良へ観光客を運ぶ花形路線だったが、急
勾配の難所と次々と開通した他社線に客を奪われてわず
か9年、明治40年に廃止された鉄道線だ。
その悲しい運命にあった廃線の道を歩いてきた。
JR関西線加茂駅(京都府)、大阪駅から快速で約70分。

集合場所の加茂駅前、20分前なのにいっぱいの人、次
の電車でさらに増えてきた。

ランプ小屋・当時の鉄道の燈火は油ランプの時代。この
ランプ小屋には油の他に機関車の前照明客車内の照明
灯、列車の尾灯などが保管されていたという。加茂駅開
業当時の建物でオランダ積みの赤レンガ造りで切妻屋根
の倉庫としては珍しいという。

C5756 スタートしてすぐなつかしい機関車に遭遇した。
この機関車は他にはない機関車だった。
昭和34年4月、現在の天皇陛下、美智子妃殿下のご成
婚後、伊勢神宮と畝傍御陵に参拝された折に牽引した機
関車だそうだ。C57型は走る貴婦人と呼ばれる機関車で
山口線ではいまも走っているそうだ。(観光)

どうだ!このすばらしい秋空。いい気分になるな!

参加者は約300名、長い列があたりの景色に吸い込ま
れそう・・・

観音寺橋台・手前の左右橋台が大仏線のもの。奥の方
は現在の関西線。

右側の高いところに線路があったそうだ。

観音寺小橋台・きれいな姿で残っている。この上を線路
が敷かれ列車が通っていたのだろう。
このあたりは現在の関西線が平行して走っている。

里山の秋は豊かな風情で迎えてくれた。足取りも軽い・・

穏やかな秋のひざしに少しずつ汗ばみながらウォーカー
の列が続く。スタッフに聞くとこのウォーク、10月開催に
は約400人も参加してきたという。

大きな鹿背山橋台、盛り土をかなり高くして線路があった
ようだ。

このあたりの線路跡は道路になって、道路幅も線路幅に
なっているという。なんとなくその面影を残している。

線路跡の道路を歩く。

田んぼ道を一列に並んで・・・大人の遠足。

梶ケ谷トンネル 農道と水道確保のためにつくられたトン
ネル上を列車が通っていた。

赤橋・大仏線遺構の中では、梶ケ谷トンネルとともに代表
的なものらしい。レンガづくりの橋台は強固に見える。
きれいにそろって100年余もたっているとは思えない。
上にあった線路は道路になっている。

線路跡の道路が続く。このあたりまでくると歩力の差が
出てきて、ウォーカーの列は説明してくれる何人かのス
タッフに集まるか、ばらばらに歩くか、先頭と後方はかな
りの距離差でわからない。人家も少ない。

京都府から奈良県に入る。このあたりから急勾配になり
大仏線の難所だったらしい。

鹿川トンネル・ここは線路の下の農業用水路として造られ
現在も使われている。

大勢のウォーカーと歩くのもまた楽しい。秋のひざしをいっ
ぱい受けて、おいしい空気をいっぱい吸って、秋の高い空
のしたをいっぱい歩いた。まんぞく、満足!
それにしても鉄道ファンは多い。
普通のウォーキングとは違って写真撮影をする人がやた
らと多かったのにも驚いた。

奈良ドリームランドの前を通る、ここを大仏線が通っていた。

ドリームランド前を通過し野球場を過ぎたあたりから大仏
線は右へカーブして大仏駅へと続いていたそうだが現在
は市街地となり、住宅街をわずかに残る遺跡を辿って迂
回しながら大集団が進むために車、自転車からクレーム
をつけられる場面もあった。
今日のゴール地点。大仏駅のあったところ、いまは大仏
鉄道記念公園になって車輪型の記念碑がたったいる。
当時、大仏詣での人々はこの駅で下車し一条通りを通っ
て東大寺に参拝していたそうだ。

大仏駅跡で解散になったのでJR奈良駅まで歩いた。
今は新駅建設中のため移動して保存されている旧奈良
駅舎。


文化の日に、前から熱望していた幻の大仏鉄道の夢に
乗せてもらって念願かない、いい1日だった。
歩数 約24,000歩