(29-30日の記録)
70歳の古希を記念に小学校の同窓会が開かれたので出席のためふるさと広島へ帰った。
会場はJR宮島口駅前正面、連絡船の波止場横にあるホテルで向かいに厳島神社の朱の鳥居がはっきりと見える景色は抜群。
久しぶりに小学生に戻ったような楽しい同窓会が続いた後、同じクラスの地元8人(男子2名と女子6名)が同宿してくれ遅くまでわんぱく時代の話がつきなかった。
翌朝、興奮が続いていたのか早く目覚めたので5時半にホテルを出てJR宮島口駅前から国道2号、山陽道を西へ1時間、宮島をみながら海岸線をウォーキング、途中に広島カープの大野練習場とファームの合宿所前も歩いた。
ここには去年の春の選抜優勝投手今村選手(長崎清峰)と夏の優勝投手堂林選手(中京大中京)が一軍目指して練習と生活の拠点としているところ。
連絡船で宮島に渡ると大きなアーチが出迎えてくれた、なんとウォーキング大会が開催されていて宮島を歩くコースがいくつか設定され参加者で盛り上がっていた。鹿もうろうろしていた。
おなじみのお土産屋の続く通りを素通りして大鳥居の前に行くと運よく満潮で波静かな海面に鳥居の朱色が鮮やかに映っていた。
世界遺産の厳島神社の社殿も海の中に浮かんでいるようで何度見てもこの景色はすばらしい。
(同窓会でデジカメの調子が悪くなり携帯撮影なので色合いが悪い)
地元組にとっては珍しくもない宮島、自分にとっても知り尽くした宮島だが遠足で何度も来た小学校時代の話が出てきて楽しかった忘れていた記憶が友を通じて鮮明に蘇ってくるのを不思議に思った。
今日の予定はこの宮島にある最高峰の弥山に登ること、弥山は、標高535mで弘法大師が806年に開基して以来、平清盛や伊藤博文などの信仰を集めるなど信仰の聖地として多くの史跡を残しており、弥山原生林は平成8年に厳島神社とともに世界遺産に指定されている。(同窓会会場、宿泊したホテルの部屋から見た弥山)
弥山へのロープウエイがある紅葉谷駅から獅子岩駅までロープウエイで行き、そこから谷を隔てた弥山に登ることにして、高校時代の同級生の店を訪ねてロープウェイの切符を購入した。
紅葉谷駅から原生林の中をゆっくりロープウェイで上って行くと山の北側、本土側の視界が広がり、実家のあたりもはっきりと見える、相変わらず眺望もすばらしい。
かや谷駅で乗り換え、今度は島の南側がみえる、こちらは様々な形をした大小の島々が点在する瀬戸内海の絶景が広がる。福岡から来たという娘さん二人がさかんに感激していた。
ロープウエイ終点獅子岩駅の展望台からの眺めはもっとすばらしい、左手の広島市街もすぐそこに見える、おなじみの江田島も似の島も子供の頃、よく泳ぎに行った絵の島もはっきりと見える。
地元でカキ業をしているクロちゃんが“あれが潜水艦よ!”と教えてくれた。潜望鏡がよく見える、多分、呉から出たのだろう。こちらで海の仕事をしているものには珍しくもないらしい。(潜水艦が見える)
いよいよ谷をはさんで向かいにある弥山の頂上をめざす。ここから登頂アタック組は自分を含め男子3名、女子2名の計5名。体も態度もデカイ女子4名はとても行く歩力はないと戻ってくるまで待っているという。
どうやら歩きが好きな自分のために計画をしてくれていたことにやっと気がついた、なんと優しい元乙女達よ、心もデカイぞ!
スタートしてしばらくは原生林の中の急な坂道を下って行く、20分ほどで弥山本堂に着いた、ここは弘法大師が唐から帰国し100日間、求聞持の修法を行ったところで隣の求聞持堂・行者堂は真言密教の日本三大道場の一つ。(他の二つは阿波の大龍嶽と土佐の室戸崎)
向かいの霊火堂には弘法大師が修行に使った火が1200年経ったいまも燃えている。
広島の平和記念公園の平和の灯火の元火にもなっているそうだ。
ここで男子1名が、登るのをやめた。男子2名、女子2名で登る、今度は急な登り道になり観音堂、文殊堂に行く、このあたりから奇岩、怪岩、不思議な形をした大きな岩が続く。
不動岩、岩と岩とがアーチになったくぐり岩をくぐると弥山頂上へ。
山頂も巨石がころがるように並んで中でも一番大きい岩は神が鎮座する「磐座石」と言われている。
獅子岩駅をスタートして約40分、頂上からの360度パノラマのように広がる絶景に声もない、子供の頃、下から登ってきたことはあるが、あの頃は登る時間を競った記憶が強くて景色には無頓着だった。
しばらく休憩して、4名が待つ獅子岩展望台へ戻る
途中の弥山本堂までは登った道とは別の道を下り、待っていた1人と再び合流、ここで横浜から来たという元気な女性に会った。
11時40分、全員無事に獅子岩に戻ってきた
1時間半も待ってくれた同級生が冷たいお茶を用意してくれていた。
ロープウェイで紅葉谷へ戻り、お昼は、自分のリクエストを聞いて宮島名物の「あなご飯」を食べることにした。
紅葉谷から屋敷跡の続く通りをウォーキング、雑誌などでよく紹介されているというあなご専門店のふじたやという店を訪ねた。メニューは「あなご飯」一品だけ、2300円、評判通りおいしかった。あなご飯はいろいろなところで食べるが宮島のあなご飯が一番だと思う。
そこから宮島の代表的な建造物「千畳閣」に行き、古い町屋通りを歩き土産物店の続く通りを連絡船乗り場まで一気に歩いた。
連絡船で宮島口へ戻りここで解散。
と言っても帰る方向はみな同じ、男子の車に乗せられて最初に下りるのが自分、この運転手君も小学生の時わが家によく遊びにきていたのでちゃんと覚えてくれていた。
待っていた兄と両親の眠る丘の上の墓を訪ねた。ここからも向かいに今日登った弥山の頂上がはっきり見えた。
食事に招いてくれた兄嫁にことわって広島駅16時44分の新幹線のぞみで二日間、同級生と楽しく過ごした思い出をお土産に18時15分新大阪へ戻ってきた。
同窓会では「100歳宣言」をした!
さらに足腰鍛え、30年計画をたて、しっかりと人生ウォークをしていくスタートをふるさとでできたことを幸せに思った。
70歳の古希を記念に小学校の同窓会が開かれたので出席のためふるさと広島へ帰った。
会場はJR宮島口駅前正面、連絡船の波止場横にあるホテルで向かいに厳島神社の朱の鳥居がはっきりと見える景色は抜群。
久しぶりに小学生に戻ったような楽しい同窓会が続いた後、同じクラスの地元8人(男子2名と女子6名)が同宿してくれ遅くまでわんぱく時代の話がつきなかった。
翌朝、興奮が続いていたのか早く目覚めたので5時半にホテルを出てJR宮島口駅前から国道2号、山陽道を西へ1時間、宮島をみながら海岸線をウォーキング、途中に広島カープの大野練習場とファームの合宿所前も歩いた。
ここには去年の春の選抜優勝投手今村選手(長崎清峰)と夏の優勝投手堂林選手(中京大中京)が一軍目指して練習と生活の拠点としているところ。
連絡船で宮島に渡ると大きなアーチが出迎えてくれた、なんとウォーキング大会が開催されていて宮島を歩くコースがいくつか設定され参加者で盛り上がっていた。鹿もうろうろしていた。
おなじみのお土産屋の続く通りを素通りして大鳥居の前に行くと運よく満潮で波静かな海面に鳥居の朱色が鮮やかに映っていた。
世界遺産の厳島神社の社殿も海の中に浮かんでいるようで何度見てもこの景色はすばらしい。
(同窓会でデジカメの調子が悪くなり携帯撮影なので色合いが悪い)
地元組にとっては珍しくもない宮島、自分にとっても知り尽くした宮島だが遠足で何度も来た小学校時代の話が出てきて楽しかった忘れていた記憶が友を通じて鮮明に蘇ってくるのを不思議に思った。
今日の予定はこの宮島にある最高峰の弥山に登ること、弥山は、標高535mで弘法大師が806年に開基して以来、平清盛や伊藤博文などの信仰を集めるなど信仰の聖地として多くの史跡を残しており、弥山原生林は平成8年に厳島神社とともに世界遺産に指定されている。(同窓会会場、宿泊したホテルの部屋から見た弥山)
弥山へのロープウエイがある紅葉谷駅から獅子岩駅までロープウエイで行き、そこから谷を隔てた弥山に登ることにして、高校時代の同級生の店を訪ねてロープウェイの切符を購入した。
紅葉谷駅から原生林の中をゆっくりロープウェイで上って行くと山の北側、本土側の視界が広がり、実家のあたりもはっきりと見える、相変わらず眺望もすばらしい。
かや谷駅で乗り換え、今度は島の南側がみえる、こちらは様々な形をした大小の島々が点在する瀬戸内海の絶景が広がる。福岡から来たという娘さん二人がさかんに感激していた。
ロープウエイ終点獅子岩駅の展望台からの眺めはもっとすばらしい、左手の広島市街もすぐそこに見える、おなじみの江田島も似の島も子供の頃、よく泳ぎに行った絵の島もはっきりと見える。
地元でカキ業をしているクロちゃんが“あれが潜水艦よ!”と教えてくれた。潜望鏡がよく見える、多分、呉から出たのだろう。こちらで海の仕事をしているものには珍しくもないらしい。(潜水艦が見える)
いよいよ谷をはさんで向かいにある弥山の頂上をめざす。ここから登頂アタック組は自分を含め男子3名、女子2名の計5名。体も態度もデカイ女子4名はとても行く歩力はないと戻ってくるまで待っているという。
どうやら歩きが好きな自分のために計画をしてくれていたことにやっと気がついた、なんと優しい元乙女達よ、心もデカイぞ!
スタートしてしばらくは原生林の中の急な坂道を下って行く、20分ほどで弥山本堂に着いた、ここは弘法大師が唐から帰国し100日間、求聞持の修法を行ったところで隣の求聞持堂・行者堂は真言密教の日本三大道場の一つ。(他の二つは阿波の大龍嶽と土佐の室戸崎)
向かいの霊火堂には弘法大師が修行に使った火が1200年経ったいまも燃えている。
広島の平和記念公園の平和の灯火の元火にもなっているそうだ。
ここで男子1名が、登るのをやめた。男子2名、女子2名で登る、今度は急な登り道になり観音堂、文殊堂に行く、このあたりから奇岩、怪岩、不思議な形をした大きな岩が続く。
不動岩、岩と岩とがアーチになったくぐり岩をくぐると弥山頂上へ。
山頂も巨石がころがるように並んで中でも一番大きい岩は神が鎮座する「磐座石」と言われている。
獅子岩駅をスタートして約40分、頂上からの360度パノラマのように広がる絶景に声もない、子供の頃、下から登ってきたことはあるが、あの頃は登る時間を競った記憶が強くて景色には無頓着だった。
しばらく休憩して、4名が待つ獅子岩展望台へ戻る
途中の弥山本堂までは登った道とは別の道を下り、待っていた1人と再び合流、ここで横浜から来たという元気な女性に会った。
11時40分、全員無事に獅子岩に戻ってきた
1時間半も待ってくれた同級生が冷たいお茶を用意してくれていた。
ロープウェイで紅葉谷へ戻り、お昼は、自分のリクエストを聞いて宮島名物の「あなご飯」を食べることにした。
紅葉谷から屋敷跡の続く通りをウォーキング、雑誌などでよく紹介されているというあなご専門店のふじたやという店を訪ねた。メニューは「あなご飯」一品だけ、2300円、評判通りおいしかった。あなご飯はいろいろなところで食べるが宮島のあなご飯が一番だと思う。
そこから宮島の代表的な建造物「千畳閣」に行き、古い町屋通りを歩き土産物店の続く通りを連絡船乗り場まで一気に歩いた。
連絡船で宮島口へ戻りここで解散。
と言っても帰る方向はみな同じ、男子の車に乗せられて最初に下りるのが自分、この運転手君も小学生の時わが家によく遊びにきていたのでちゃんと覚えてくれていた。
待っていた兄と両親の眠る丘の上の墓を訪ねた。ここからも向かいに今日登った弥山の頂上がはっきり見えた。
食事に招いてくれた兄嫁にことわって広島駅16時44分の新幹線のぞみで二日間、同級生と楽しく過ごした思い出をお土産に18時15分新大阪へ戻ってきた。
同窓会では「100歳宣言」をした!
さらに足腰鍛え、30年計画をたて、しっかりと人生ウォークをしていくスタートをふるさとでできたことを幸せに思った。