超人日記・俳句

自作俳句を中心に、自作短歌や読書やクラシックの感想も書いています。

<span itemprop="headline">シベリウス、エルガー、ベト弦と画廊</span>

2012-05-16 01:18:38 | 無題


グループ展に絵を出している関係でオープニングパーティに出席した。
女性の友人が学生時代に中東・ヨーロッパ旅行を共に旅した友人と
久方ぶりに会って感慨深そうだった。
私はと言えば、画廊のカフェで掛かっている
シベリウスの演奏が印象的で気になって仕方がないので店主に聞くと、
取り出して見せてくれたが、アシュケナージ指揮のデッカのシベリウス集らしい。
実は私のクラシック好きな友人が私に貸したいと渡したCDがあるというので、
これかと思ったら大違い。
友人が貸してくれたCDはボールト指揮
エルガーの二曲の交響曲と管弦楽集(東芝EMI、廃盤)と
イタリア四重奏団のベートーヴェン弦楽四重奏全集(イタリア盤廃盤)
の二つのボックスセットだった。
帰ってエルガーを聞いてみたが、これが良い。
ボールトがこんな良い録音を残していたのか、と仰天した。
交響曲自体威風堂々調で悠然とした足取りが何とも心地よい。
このエルガーの録音は輸入盤もあるらしくこれから買う人にはそれをお勧めしたい。
私が貸してもらった東芝EMI盤は廃盤で、かつては八五〇〇円ぐらいで売っていたらしい。
そんな貴重な品をよく貸してくれたものだ。
展覧会では学生向きの読本を出している講師の女性が友人の娘に人気があったり、
予備校講師の友人が若い女性に囲まれていたり、
中年の男性が年の割に若くて痩せていると誉められていたり、羨ましい限りである。
私は端の方で自分で差し入れたデンマーク・クッキーをぼりぼり食べて、ビールを飲んでいた。
グループ展では犬の絵、ターンテーブルの絵、白いぬいぐるみの絵を三点出展した。
他の人もみな個性豊かな力作揃いである。
それぞれの種を咲かせて旅をした友人たちが集うギャラリー



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<span itemprop="headline">マーラー数種、ベト弦数種</span>

2012-05-15 02:45:18 | 無題


先日は母の日なので神戸屋レストランに母に会いに行った。フィレ肉のステーキを食べた。パンは食べ放題。
母はフランス語会話教室で苦労している話、宝生流の観世能を着物で見に行った話を面白おかしく話す。
行き帰りに母の車で聞いたメンブランのマーラー10CDのボールト指揮第三番がひじょうによかった。
帰ってノイマン&チェコフィルのマーラーの三番を繰り返し聞いている。大地の歌の惜別の情への共感を書いた宇野功芳氏のライナーズノートは素晴らしい。
ノイマン&チェコフィルのマーラーはいつ聴いても飽きない。
私はスプラフォンのチェコ製のマーラーをばらで買ったので、
出窓をあしらった上品なジャケットを代わる代わる立て掛けて
ノイマン&チェコフィルのマーラーを聞いている。
今度バーンスタインのニューヨークフィルのCBS盤が
廉価で発売されるのも嬉しいところだ。
最近絵を描いてグループ展に出展したり、旧交を暖めたりしている。
クラシック好きの友人が私はベートーヴェンの弦楽四重奏曲集では何を聞いているのか訊いた。
私は真っ先にズスケ四重奏団を挙げ、ゲヴァントハウス四重奏団を次に挙げ、
それからバリリ四重奏団を誉め、ウィーンコンツェルトハウス四重奏団を付け加えた。
毛色は違うがジュリアード四重奏団も聞くと言った。
クラシック好きな友人は堅実なドイツオーストリア的演奏や
超絶技巧の走りとなったジュリアードも悪くないが
イタリア弦楽四重奏団がそれとは違ったおおらかさがあって素晴らしいと言う。
バリリ四重奏団ともコンツェルトハウス四重奏団ともシューベルトの鱒(ます)を録音したパウルバドゥラスコダはバリリの方が評判が高いがシューベルトに合っているのはコンツェルトハウス四重奏団のテンポだと後年語ったと聞く。私はブルックナーの深淵に触れる音響体験を愛するがマーラーやリヒャルト・シュトラウスの崩壊感覚も捨てがたいと話す。
堅実な独墺系の弦楽も大地の歌の惜別も追う



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<span itemprop="headline">雑談、ロナクの味、音楽評</span>

2012-05-10 00:39:13 | 無題


吉田秀和の河出文庫の「マーラー」を図書館に返却する。無事読み終える。
たいへん示唆に富む面白い内容だった。お陰で昨日はバーンスタインのマーラー漬けだった。
同じ吉田秀和の「作曲家論集ブルックナー・マーラー」を予約する。マーラーの部分は重複するのだろうか。
チャイコフスキー後期交響曲をフィルハーモニア盤で聞く。
ザンデルリンクのベートーヴェンの第九を全集から聞く。確かな造形感覚が素晴らしい。
ごまだんご食べる。
6時40分友人から電話で8時に神田駅で待ち合わせる。
ギュンター・ヴァント指揮ギュルツェニヒ管弦楽団演奏のブルックナーの交響曲八番を聞いて移動。
8時15分に友人が来て、インド料理ロナクに行くことにする。
私は最近吉田秀和をよく読む、宇野功芳と双璧だ(吉田氏は知的でロマンチック、宇野氏は面白おかしく推薦盤を推す)と話す。
友人は俺から対位法とか十二音階とかそういう話が聞きたいか、島崎藤村の「せみの送別会」という児童文学が欲しい、西瓜丸裸という札もある藤村いろはカルタも欲しい、今掛かったCan't get out of my headは誰の曲か(ELO)、と話す。
ジョージのマイ・スィート・ロードがインド料理店で掛かるとは相応しい。ディランもどきの演奏がDJの合間に掛かる。
二種のカレーとタンドリーチキンのセットとシシカバブとドリンクを頼む。
ロナクは安くて旨い。
最近カラヤンのEMIレコーディングスを買った、そういう買い物をすると顔に出てしまう、と話す。カラヤンの古い録音は静かななかに凛とした個性がある。カラヤンのEMIの録音は落ち穂拾い的選曲だが、飽きない。トスカニーニ箱も愛聴中。
帰りもギュンター・ヴァント指揮のブルックナー八番を聞いて移動。帰って爽美健茶飲む。

対位法茶化して話す友の言ういろはカルタは西瓜丸裸



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<span itemprop="headline">ナムトック、音楽評、雑談</span>

2012-05-05 21:36:07 | 無題

今日はメアコーンブロートというドイツのパンと米粉のパンを買い、いったん家に帰る。
最近聞いたトスカニーニ箱、50年代なのに録音が秀逸で、
芯の強い推進力のある演奏を生々しく伝える。
喫茶でオリジナルブレンドコーヒー330円を飲み、メモを書く。食材店で黒七味買う。
今日読んだ吉田秀和のマーラーで、マーラーは同時代の誰よりも鮮やかに崩壊感覚を表現し得た、とあって、マーラーを崩壊感覚と評するところが凄絶だと思った。

吉田秀和氏によれば、ショルティはモダンで表現の幅が広く重層的、ブーレーズは急ぎ過ぎ、整理され過ぎ、レヴァインは見通しの確かな指揮をする、シャイーは緻密で全ての楽譜の指示を音にする才に恵まれている、バーンスタインは感情の底を掬い取るのは一流、
クーベリックはマーラーの素朴な自然な面をよく捉えている、バルビローリは表現主義的で情感のこもった演奏で、ワルターは慈父のような演奏だという。
友人とタイ料理店に行き、ナムトック牛肉のサラダ、パネーン豚のカレー煮、ガイヤーン焼き鳥辛子だれ、パッタイピリ辛焼そばを食べて話す。
友人は最近買った「花さき山」の絵本では泣いた、島崎藤村の童話集「幼きものに」は言葉の迫力が凄い、
お釈迦様は明かりを灯した人ですと書いてある、東山魁夷は木曽路で風景画に目覚めた、
朗読会で聞いた「植木鉢です。」は朗読はよかったが実際絵本を見ると奇怪だったと話す。
食後カフェに行き、珈琲とマンゴースムージーを飲み、沖縄熱中クラブは面白いという話、
沖縄ソング三昧というラジオを聞いた話、大阪民博にはアマゾンの呪術師の絵を見に行った、
大島保克は民謡に引けを取らない新曲を作詞作曲できるのが素晴らしいという話をする。
カーネーションのラストシーンで老人ホームでテレビを見ていたのは奈津だ、
糸子が奈津に老人ホームを世話したのだと話す。帰りにギュンター・ヴァント指揮の未完成を聞いて帰路に着く。珈琲の浮揚感が煩雑なことを忘れさせ、ほっとさせる。

憂き世にも明かりを灯す人がいるそう言い聞かせ星を見上げる



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