超人日記・俳句

自作俳句を中心に、自作短歌や読書やクラシックの感想も書いています。

<span itemprop="headline">沖縄学とウンタマギルー</span>

2011-02-21 19:13:47 | 無題

昨日は教育テレビでETV特集「沖縄学のまなざし」を見る。伊波普猷と仲宗根政善のおもろそうし研究を中心に沖縄学の過去と現在を取材した面白い番組だった。
私も若い頃おもろそうしに興味を持って高円寺の球陽書房という沖縄民俗関係の本を扱う本屋さんに足繁く通い、竹富島の種子取祭を取材しに行ったりして私なりに沖縄に燃えた時期があった。
私の沖縄への興味は高嶺剛監督の映画「ウンタンマギルー」を見て喚起された。その特異な文化への興味が私の眼を沖縄へ向けさせ、沖縄へ歩み寄らせた。
映画「ウンタマギルー」は沖縄人によって戯画化されたシュールな沖縄であり、実像とは程遠い。けれども、そこで扱われている民俗や文化、音楽の豊かさは一目瞭然であり、若い私を沖縄に近づけるのに十分な説得力があった。
特に私の眼を釘づけにしたのが照屋林助氏の歌と話芸である。バーバーてるりんと称して奥深い歌と笑いを披露する照屋林助氏を生んだ沖縄の豊かさに眼が眩んだ。義賊、運玉義留の民話も沖縄の産物であり、妖精キジムナーも沖縄の伝承の産物であり、話は荒唐無稽だが、素材は飽くまでリアルだった。
私は沖縄へ飛び、御嶽の森を眼にし、神司の神秘を眼にし、弥勒信仰に心を奪われた。
特に大好きな照屋林助氏の私邸がコザにあり、ライブスタジオとして公開されていて、照屋林助氏が実際に歌と話芸を披露するのに接することができたことが私の宝となった。
照屋林助氏は自曲の元歌となった沖縄各地の民謡の民俗的な背景を冗談交じりに語り、私はその沖縄民俗への造詣の深さに感服して帰った。
その頃はおもろ辞典を買おうにも買えず、おもろそうしの外間守善氏の文庫の校注版も出版されておらず、おもろそうしに近づくのは容易ではなかった。ETV特集「沖縄学のまなざし」では外間守善氏の名前が一回も出て来なかったのは不可思議なことだと思う。
ラジオでビギンの人が、おおたか静流が「花」を流行させ、りんけんバンドやネーネーズが本土で認知され、連続ドラマ「ちゅらさん」で沖縄人気が定着した流れを驚きを持って見ていたと語っていた。沖縄人である居心地の悪さが一転して、沖縄人で羨ましいとさえ言われるようになり隔世の感があると言う。
おもろそうしを歌う歌唱法が伝授されているのには驚いた。沖縄を彷徨った日々を思い出す。



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<span itemprop="headline">雑談と時間感覚</span>

2011-02-18 12:36:48 | 無題

昨日は昼間はスヴェトラーノフ指揮の「復活」を聞きながら読書をして、夜は新宿に飲みに行った。
友人が 、アイフォンを買ったばかりで感動してこれで色々なことができると夢を膨らませていた。
特にユーチューブが手元で楽に見れる、とか楽器として使える機能があるなど狂喜乱舞していた。
新宿三丁目の海森2でオリオンビール生を飲み、沖縄料理を味わう。頼んだのはタコライスとラフティとコンビーフ野菜炒めとソーミンチャンプルー。二人分で代金は6300円。
友人が言うには、青山陽一さんは作詞も作曲も日本でも指折りのレベルの高さだ、あんなセンスの人は他にはいない、青山陽一さんはトラフィックとスティーリー・ダンの影響を受けたのか、俺も青山陽一さんみたいにロンサム・インベーダー・ツアーをしてみたい、各都道府県をツアーで回りたい、金沢のめろめろぽっちや名古屋の得三でライブがしたい、忌野清志郎のサラリーマンと言う曲は泣ける、アイフォンは本当にいいぞ、画像も手のひらで見れるし、楽器にもなるし、ブログも読めるし、アイポッドの代わりにもなるんだ、アイフォン自体はほぼ無料でその後のパケット代の契約で元を取っている、と言う。
自分が歌ったシベリウスのフィンランディアやジャズユニットのライブ映像も取り出せるようにしてある、何かあれば名刺代わりに他人に見せることができる、昔のポップスのプロモーション映像もたくさん記憶させた、と言う。いつもは現代医学に批判的で病院も行かない、薬も飲まない友人が、こんなに手放しに科学の進歩を喜んで享受していると何だか可笑しい。
そのあとヴェローチェという喫茶店に行って、キャラメル・ラテを飲んで話す。
友人は私と会うとゆったり飲み食いしてたっぷり喋っても時間が一時間半ぐらいしか経たない、不思議な現象だ、時空を捻じ曲げているのではないか、といつも言う。私と会ってくつろいで充実した時間を過ごせているという意味なら良いのだが、中々時間が経たないというのは良いのか悪いのか判らない。
青山陽一さんの月曜のバラッドと言う曲を思い出す。
「月曜日が来ると、突如街並みは変わって、帰り道を見失って、しばらく誰にも出会わず、飛ぶような時間は流れた」(名曲)
私も中古CD屋さんにいるときは没頭して仕事も忘れ悩みも忘れ、飛ぶように時間が流れる気がする。
時間感覚と言うのは相対的で伸び縮みするもののようだ。
 
飛ぶように時間が流れ街中で全てを忘れ歌を求める



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<span itemprop="headline">談笑を自動筆記</span>

2011-02-17 15:33:53 | 無題

夜の七時半待ち合わせだったのに、6時45分頃豪徳寺に着いてしまい、駅併設のサンマルクでココアと珈琲を飲んでメモを読んで友人を待つ。実は私はメモ魔で、欲しいもの、書きたいこと、話したいことを何でもメモして会話や日記に備える。
七時半に友人が来て一緒にマックの横のパティヤラパレスに行く。インドカレー店。
キングフィッシャービールとシシカバブとバターチキンカレーとナンとサラダを食べ、談笑する。
竹橋の近代美術館の岡本太郎展、太郎が撮った日本再発見の写真が展示してあるなら行きたい、無印良品のシシカバブの素は本格派で良いぞ、alexander krein のCDをなぜ通販で探そうとするんだ、オリジナル曲は幼少の頃イランに住んで、今ゴスペルを歌っている微妙な心境を歌った、イランのゾロアスター教の寺院からみた夕陽の美しさで締めくくった、巡回ロボット衛星クローラーがネットの情報を管理しているとは怖くないか、中東はこれから政情が複雑だ、などと話していた。
他日、別の友人と会食。待ち合わせた喫茶店が工事で5時閉店だった。待ち合わせは6時半だったので、中古CD店を探索。テンシュテット指揮の大地の歌を買う。EMIのマーラー交響曲全集にこの曲は入っていないので貴重。6時半に友人と会って百貨店のレストラン街でかぶとそぼろのトマト味のスパゲッティを食べる。お土産にもらった秋月龍氏の「禅を読む」を見ながら、十牛図の説明を聞く。スマナサーラの上座仏教は日本人には新鮮だ、上田閑照氏の十牛図の説明はだいぶ自説でつっ走っている、巡り合わせの偶然は無限に起こっていて日常茶飯事だ、過去の出来事が伏線で繋がっている、などと話していた。
帰ってテンシュテットの大地の歌を聞き、秋月龍氏の「禅の読み方」を読む。龍節全開である。禅とは自我を空じて本来の自己に目覚めることだ、真の自己は血の通った肉の人間に出たり入ったり自在である、本来の自己は他者と切っても切り離せない、などと書いてある。
スイトナーのベートーヴェン交響曲全集、ポーセリンのピアノ伴奏つきのベートーヴェン交響曲全集、スヴェトラーノフのマーラー交響曲全集などを聞いて心を静める。それから本業に入る。今欲しいのはローマン・コフマンのショスタコーヴィチ交響曲全集である。稀有な巡り合わせの偶然が日常茶飯事に起きているとは楽しそうだ。私も談笑を自動筆記のように文章に書いていると無意識が活性化して現実界に浸食してくるかもしれない。

談笑を書きとめておき羅列して自動筆記で夢が目覚める



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<span itemprop="headline">クラシック談義とベジタリアン料理</span>

2011-02-12 15:08:57 | 無題

一時荻窪東改札でベジタリアンの友人と待ち合わせ、南口のベジタリアン・カレーのお店ナタラジに行く。
ビール付き二五〇〇円のセットを頼む。友人に頼まれていたデ・ワールトのCDを渡し、代金を受け取る。
そのあとクラシック談義に花を咲かせた。テンシュテットのメモリーズのベートーヴェン交響曲全集は廃盤だ。
セーゲルスタムはいいマーラー全集を残したが交響曲百何番とか作っている。
カエターニはマルケヴィッチの息子で美しいショスタコーヴィチ全集を作った。
レイボヴィッツは現代音楽的で対位法的なベートーヴェン交響曲全集をリーダーズ・ダイジェストで作った。
マゼールは変則的な休止をするので変人扱いされるが、マゼールはマーラー全集も美しいし、クリーヴランド管弦楽団とのベートーヴェン交響曲全集もかすれた消え入りそうな音で侘び寂があっていい。ブルックナー全集も溜めが入っていい。
バーンスタインのマーラーの映像は泣ける。特に「復活」の最後の合唱と鐘の音は泣ける。伊東乾氏の「指揮者の仕事術」でバーンスタインは演奏者をまず虜にする作戦だったと書いてある。
フェドセーエフのベートーヴェン交響曲全集、ブラームス交響曲全集はライヴ感があって唸り声とかも入っていていい。
メンゲルベルクのベートーヴェン交響曲全集は第九の最後にテンポを落とすところが面白い。
ケンプのステレオ盤のベートーヴェンのピアノソナタは廉価だが凄くいい。
ヨッフムのブルックナー全集は、今ではブリリアントもEMIも値段が変わらないから、音質を考えればEMIだ、などと話す。
野菜のカレーとほうれん草のカレー、サモサと大豆の炭火焼、冬のカレースープ、サラダ、ナンとライスとビールで二五〇〇円。帰って通りすがりの猫に話しかける。

クラシック談義を種にベジタリアン料理を食べて猫と話す日



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