電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

映画「杉原千畝」を観る

2015年12月31日 06時03分06秒 | 映画TVドラマ
たまたま休みが取れたクリスマス・イブの午後に、妻と二人で映画を観て来ました。今回は、チェリン・グラック監督による「杉原千畝」です。「激動の第二次世界大戦下、日本政府に背き命のヴィザを発行しつづけ、6000人にのぼるユダヤ難民を救った男の真実の物語」というコピーは、物語を端的に要約していると言ってよいでしょう。白石仁章著の原作『杉原千畝~情報に賭けた外交官』を少し前に読んだ(*1)ところでしたので、タイミングの良い鑑賞となりました。



杉原千畝の決断が、国際的な視野で見たときに、人道的な行為として高く評価されることはその通りですが、この映画では原作と同様に、外交官が諜報という任務も負っていることを描きます。それは、ロシア革命によってハルビンに逃れてきた白系ロシア人社会に接近し、情報を集め、ソビエト連邦と満州国との間の北満鉄道買収交渉を有利に進めることになる一連の経過に表されています。杉原の協力者として働いたイリーナという女性は、はじめは彼の最初の妻のクラウディアのことかと思っていましたが、どやらそうではないらしい。おそらくは、時間の枠の中にコンパクトに収めなければならない映画的制約に従って、前妻の存在をカットし、その代わりにイリーナという女性協力者に投影したものでしょう。

北満鉄道買収交渉で名をあげすぎたために、杉原はソ連政府から「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)との烙印を押され、外交官として入国することを拒否されてしまいます。結果的に、そのことが杉原千畝一家がリトアニアのカウナスに赴任することとなります。当時リトアニアには日本人は在住せず、領事館の開設は明らかに情報収集が目的です。そこで千畝に接触して来たのが、ポーランドの情報将校の一人である愛称「ペシュ」でした。これがなかなかの名優で、陽気な表情でやることはやる、という役を見事に演じ、もう大拍手です。

ナチス・ドイツを横目に見ながらソ連を注視する杉原は、ドイツとソ連との密約に気づき、やがてリトアニアもソ連軍によって占領されると予想します。ナチス・ドイツに追われてポーランドからリトアニアに逃れてきたユダヤ人たちは、次々に閉鎖される各国大使館の状況を見て、日本の領事館に集まってきます。そこで主人公が葛藤するところはドラマとしての山場なのでしょうが、むしろ祖父と孫が体験した、ナチス・ドイツの残虐性を示す場面の印象が強烈! こうした恐怖を経て逃れてきたカウナスで、もう逃げる場がないという絶望の中に一筋の光明が見える……それを示してくれたのは、オランダ領事のヤンと日本人「センポ・スギハァラ」と言いました。

映画のはじめの方で、外務省に杉原千畝の情報を求めてやってくるかつてのユダヤ人難民のリーダーの姿が描かれますが、同時にこの映画では、日本に渡航する際にJTBの職員が天草丸への乗船許可を決断するなど、1人だけでなく他にも少なからぬ日本人が関わっていたことをも、客観的に描いており、杉原千畝という例外的な一個人の美談にはしていません。このあたりも、冷静な大人の描き方で、好ましく感じるところです。

(*1):白石仁章『杉原千畝~情報に賭けた外交官』を読む~「電網郊外散歩道」2015年10月

コメント (4)