「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、文化財および近代土木遺産をめぐる。

ピース8才の誕生日

2014-04-24 06:07:41 | 柴犬 ムサシとピース







今日は5才の若さで亡くなったピースの
8才の誕生日である。

忘れ得ぬたくさんの思い出が詰まった愛犬だった。




沖縄県南城市 「 仲栄真グスク 」

2014-04-23 05:06:41 | グスク ( 城 ) ・ 遺跡



草の間からしっかりとした石垣が見える








木々が生い茂ったグスク







裏側には大きな岩になっている















グスクの上にある百十踏揚(左)と三津葉多武喜(右)の墓







グスクの近くにある南城市役所 ( 旧・玉城村役場 )





仲栄真グスクは、尚泰久王の四男・八幡加那志(はちまんがなし)が富里に田舎下りして、
仲栄真グスクを増築いたと伝えられる。
このグスクを最初に築いたのは、八幡加那志の叔父にあたる豊見城按司だといわれている。

また、第二尚氏への対抗のための作戦部屋であったのではないかといわれている。
グスク周辺の「主ヌ前殿内」と呼ばれる屋敷跡には、
尚泰久王の長女・百十踏揚と二男の三津葉多武喜が
首里より田舎下りして暮らしたといわれる住居と墓があり、
グスク横には「ムンザナ墓」と呼ばれる古墓が各所にあり、
尚円改革の時に戦死した武将たちの骨が安置されている。

グスク内に城壁の石積みが一部残っているが、
ほとんどは尚真王時代に第一尚氏の復活を恐れて取り壊し、
富里の旧道「ウザファビラ」と玉城城の二の郭の石垣にされたという。


仲栄真グスクへのアクセス
仲栄真グスクへは、国道331号線を県道134号へ右折し、
玉城役場近くの国民運動場に隣接しているので、
玉城役場か国民運動場で検索すればすぐに分かると思います。
また、途中までは安次富や大川グスクと同じルートなので参考にしてもらいたい。
駐車場は、国民運動場の駐車場が利用できる。


それぞれの海 「 長崎県橘湾 」

2014-04-23 05:05:41 | 海 ・ 港 ・ 空 ・ 木々






島原半島と
諫早から長崎にかけて広がる
橘 湾
海面がキラキラ輝いて
教会をより引き立てていた




沖縄県読谷村 「 イットカグスク 」

2014-04-22 04:53:41 | グスク ( 城 ) ・ 遺跡



グスクの跡地の遠望







公園となったかつてグスクがあった場所







グスクの下にある大屋ガー







大事な水を確保していた大家ガー





イットカグスクは、読谷村の中心部近くの県道6号線から入った所にある。
現在は公園に姿を変えてグスクの形をしていないが、
グスクの下にはかつてグスク時代には大事な水資源であったと思われる。
大屋ガーという井泉がある。


イットカグスクへのアクセス
イットカグスクへは、県道6号線を読谷警察署の左手前にある
ガソリンスタンド(昭和シェル)から左に入った所にある。
駐車は公園の入り口の空いた場所に駐車した。



「 それぞれの海 ・ 宮古島西平安名埼 」

2014-04-22 04:52:41 | 海 ・ 港 ・ 空 ・ 木々




















沖に浮かぶ伊良部島や
池間島が一望できる
西平安名埼

ここは
宮古島でも
特に好きな場所だ



熊本県豊野町 「 丸林橋 」

2014-04-21 04:59:41 | 熊本の石橋







































所在地 / 熊本県豊野町中間
架橋 / 安政4年 ( 1857年 )
石工 / 今村嘉左衛門
長さ / 15.0m
幅  /  2.3m  高さ / 不明


丸林橋は、三由橋と同じ道路で同じ小熊野川に架けられた橋で、
美しいアーチ型の石組を手掛けたのは、今村の嘉左衛門という人だといわれている。
現在は補強と安全確保のために鉄製の手すりが設置されているが、
川面に映し出される端正な姿は変わらない。


丸林橋へのアクセス
丸林橋へは、松橋インターより国道218号線を美里方面に進み、
途中から県道32号線を経由して三由橋から左の山すそを
約1キロほど行ったところにある。
駐車は、路上駐車になる。


「 木立ちの風景 ・ その5 」

2014-04-21 04:58:41 | 海 ・ 港 ・ 空 ・ 木々







下草は芽吹き
春を告げる

木立ちは未だ
その準備に
追いつかない





福岡県豊前市 「 中村の線刻画 」

2014-04-20 07:14:41 | 歴史 ・ 墓 ・ 城 ( 本土 )





















線刻画といえば、徳之島の線刻画が有名であるが、
東九州自動車道の工事中に豊前市の中村で発見された線刻画が描かれた石である。
この石が発見されてからまだ日が浅く、
一般に知られていないのが現状である。




鹿児島県徳之島 「 戸森の線刻画 」

2014-04-20 07:13:41 | 歴史 ・ 墓 ・ 城 ( 本土 )















戦艦大和慰霊碑が見える丘から自殺者が多い秋利大橋のそばを渓谷に下って行くと、
天城町の秋利神峡谷と徳之島ダムの間に 「 戸森の線刻画 」 がある。
戸森線刻画は、台地上の畑の中の、やや丘になった森のそばにあり、
崖の横で四周への見通しのない場所にある。
石に船が刻まれていることから地元の人に
「 昔の海賊が描いた絵 」 だと訊いたことがあるが、定かではない。
森の中に船と矢の絵が掘り込まれた線刻画のある2個の巨石が20m隔てて座り、
それぞれ覆い屋がある。

線刻画はここ以外にも徳之島内に数カ所り、
グスク時代に鉄利器で島人が線刻したとされるが、謎が多い。



沖縄県南城市 「 船越( 富名腰 ) グスク 」

2014-04-19 04:59:41 | グスク ( 城 ) ・ 遺跡



貝が二つ置かれたグスク内の拝所







船越グスクの説明板








木の根が絡みついた石垣







崩れ落ちている石垣







グスクに隣接した ( ショートコース玉城 )






グスク入り口道路にある ( 船越大川 )




船越 ( 富名腰 ) グスクは、アメリカ軍からかなりの攻撃を受けたため、
ほとんど原形を残していないが、
かろうじてグスク入り口辺りに石垣が樹木の根に助けられるように残っている。
このグスクは、今からおよそ600年ほど前に玉城王の四男が富名腰に居住し、
富名腰按司としてグスクを築いたとされるが、
一説には糸数按司の長男が築いたともされており、
いずれが築城したのかは定かではない。


船越 ( 富名腰 ) グスクへのアクセス
グスクへは、国道331号線から県道48号線に入り、
旧玉城役場より糸数城入り口の先の(観光案内板)を右に入り、
約700mほど行くと左にビニールハウス、右側に(船越大川)がある。
その先を右折すると細いのぼり坂が約300m続き、ゴルフ場に着く。
ゴルフ場に入ってすぐの左側にグスクがある。

駐車は、付近一帯がゴルフ場の駐車場なので邪魔にならないように考えて停めれば、
どこでも駐車できるが、ひとこと許可を得た方が安心して探訪ができる。


熊本県豊野町 「 三由 ( みつよせ ) 橋 」

2014-04-19 04:58:41 | 熊本の石橋






































架橋 / 文政13年 ( 1830年 )
石工 / 岩永 三五郎
長さ / 20.95m
幅  /  3.0m  高さ / 5.4m


三由橋は、かつては「 鬼迫橋 」 と呼ばれていた。
荒い石を使った姿は力強く、重厚な趣きがある。
近くに丸林橋があることからお互いを見比べてみるのも面白いかもしれない。


三由橋へのアクセス
三由橋へは、松橋インターより国道218号線を美里方面に向かい、
途中から県道32号線を経由して約1キロほど行くと左側に架かっている。
駐車は、路上駐車になる。


鹿児島県奄美大島 「 大熊港D防波堤灯台 」

2014-04-19 04:57:41 | 奄美群島の灯台



大熊港の切れた防波堤の外端に立つ灯台







名瀬港と大熊港を区切るように堤防がある






左の山羊島の右奥に位置する灯台





灯台表番号 / 6941.5
ふりがな / だいくまこうでぃぼうはていとうだい
標識名称 / 大熊港D防波堤灯台
所在地 / 鹿児島県奄美市 ( 大熊港D防波堤外端 )
北緯 / 28-24-12
東経 / 129-30-55
塗色 / 白色
灯質 / 単閃緑光 毎4秒に1閃光
光度 / 実効光度26カンデラ
光達距離 / 3.5海里
地上~頂部の高さ / 4.87m
平均水面上~灯火の高さ / 9.65m 
地上~灯火の高さ / 4.65m
業務開始年月日 / 平成14年10月22日
現用灯器 / LED灯器 ( Ⅱ型緑 )



大熊港D防波堤灯台は、名瀬港から向かって右側の奥にある湾に立つ灯台である。
港自体はそんなに大きくないが、周りを山で囲まれた格好の港だといえる。
そんな港の入り口にある防波堤の外端に設置された灯台の高さは4.9mで、
単閃緑光で毎4秒に1閃光の明りを灯している。


大熊港D防波堤灯台へのアクセス
大熊港D防波堤灯台へは、名瀬市街地から右に海岸沿いを進み、
山羊島トンネルを出てから300mほど行くと左に入る道がある。
その道を入った山の登り口の左側が港になる。
駐車は、手前の防波堤の近くに駐車できる。



韓国で沈んだセウォル号は 「 フェリーなみのうえ 」

2014-04-18 05:09:41 | ニュース



沖縄県の本部港に入港する 「 フェリー ・ なみのうえ 」











船首に 「 なみのうえ 」 の文字が見える








徳之島の亀徳港に入港する日本時代の 「 フェリー・なみのうえ 」










「 なみのうえ 」 の船上に掲げられた船名








奄美大島の名瀬港入港時刻案内板






韓国の南西部沖で沈没した旅客船セウォル(Sewol)号は、
かつて日本で活躍していた 「 フェリーなみのうえ 」 だった。
この船は、奄美大島や徳之島などに行った時に何度も乗ったことがある船だっただけに、
まさか韓国で沈んだ船が 「 フェリーなみのうえ 」 だったとは、という思いである。

未だ救出されていない多くの人たちが全員無事で
1秒でも早く救出されることを願っている。



大分県耶馬渓町 ・ 神仏習合の奇祭 「 桧原マツ 」

2014-04-18 05:08:41 | 日記 ・ イベント



「 畦塗り 」 の儀式に出て来た







「 くろぎり 」 でおどけて見せる






御田植式前に法要が行われた






御田植式前に挨拶をした新貝中津市長






正平寺本堂






三基の神輿が祭られているお堂






御田植式前にお堂の前でお経が上げられた













檜原山に入って行く道に掲げられた案内板






本堂下には未だ桜が残っていた






正平寺に祭られている阿弥陀如来像






本堂から境内を望む















大分県耶馬渓町津民にある檜原山 ( ひばるさん・739m ) の正平寺で行われる
鎌倉時代に始まったとされる 「 桧原 ( ひばる ) マツ 」 は、
五穀豊穣を祈願する神仏習合の特異な祭りで700年の伝統を誇っている。

先週の日曜日の4月13日に津民地区桧原山正平寺で、
700年以上の伝統を誇る神仏習合の奇祭「桧原マツ」が開催された。
今年は雨が降っていたため、近年になく珍しく本堂の中での開催となった。
例年の境内ではなく、お堂で行われるのは、この60年に三度だけという。
それだけに演者と仏像を一緒に写真におさめることは珍しいものとなった。
最初は雨で残念だと思っていたが、仏像と御田植式が同時に観れるのも
そんなにチャンスはないことだし、ある意味良かったのかも知れないと思っている。

メインイベントの 「 御田植式 」 では、水とめ・田うち・畦ぬり・くろぎり・
しろかき・種蒔き等稲作つくりの一連の所作を古式にのっとり、
演者と観客とのユーモラスな掛け合いで場内は拍手と大爆笑に包まれた。

今年は雨で神輿も見れなかったし、御田植式も堂内だったので、
来年は晴れを期待して、またこの地を訪れようと思っている。




沖縄本 『 モモト 』

2014-04-18 05:07:41 | 沖縄







糸満市の東洋企画さんから出版されている 「 モモト 」 は、
琉球王朝時代の実在の人物、百度踏揚 ( ももとふみあがり ) から着想したもので、
この本は、沖縄県埋蔵文化財センターの山本正昭さんに教えてもらった本でもある。
今回、護佐丸の特集が組まれていて、そこに登場するのが山本さん本人であった。

写真がきれいで興味のある内容の本は、永久保存版として取っておきたい本である。