カンチャン狂騒曲

日々の事をあれこれと、大山鳴動してネズミ1匹がコンセプト。趣味さまざまなどを際限なく・・。

初ものの賞味期限は今日のうち

2017-05-31 09:01:52 | 家庭菜園
 雨が降らないので、日に一度(夕方)菜園に水やりに行く。

 ジョウロと焼酎の入っていた特大のプラスチックの容器に水を入れて運ぶのである。

 先日キュウリの実がついてたのを発見したが、あっという間に大きくなっていて昨日は初収穫となった。

 
 とても成長が早いので油断をすると大きくなり過ぎるので注意が必要だ。

 相方と一本のキュウリにあれこれ蘊蓄を傾けながら早速食べた。

 がなかなかどうして、結構な出来具合だった。

 
 水やりの時に次の収穫候補をさがすのだが、明日~明後日くらいになりそうなものが既にぶら下がっていた。

 成長の度合いを見てみると、この分ではほぼ毎日1本くらいのペースになりそうで当分キュウリは自給できそう。

 
 西瓜はメインの蔓を芽欠きしたので、わき芽が伸び始め花を咲かせ始めた。

 近づいてみたら、なんと小さな実が成っていた。

 直接土に接しないように、去年のスダレをカットして西瓜の実の下に敷いてやることにする。

 去年は苗2本で5~6個の西瓜が出来たが、今年は欲張って4本も植えているので単純計算だと10個以上の収穫が期待出来る。

 「初ものの賞味期限は今日のうち」

 にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヒッソリと咲く花たち

2017-05-30 08:50:34 | 日常あれこれ
 目立たないというか我が家では比較的メジャーでない花が咲き始めた。

 
 (キョウガノコ?)

 多分キョウガノコではないかと勝手に思っているのだが・・・。

 植えた覚えはないので多分頂いた花を挿しておいたものかもしれない。

 数年前から咲き始めて、はじめてそこにあることを知ったくらいだ。

 漢字で書けば「京鹿の子」じゃないかと勝手に思っている。

 キョウガノコというカタカナ名では親しみも湧かないが漢字だと日本的な感じでいい。

 花が着物の柄の「京鹿の子」に似ているからなのか、もしくはこの花に着物の柄が似ているからなのか由来は知らない。

 
 (南天)

 南天くらいなら私にも分かる。

 増えすぎると困るので鉢に植えているがそれでも鉢を大きくすれば、ドンドン大きくなるし本数も増えてくる。

 家を建てて2~3年後にはもう自然に芽を出していて、南天ともう一つ槇の木が自然に生えた花木では1・2番を競う。

 
 (サツキ)

 メジャーな花木だが我が家では葉っぱの下の方で花が咲いてしまうので、目立たない。

 鉢植えの綺麗なものを幾鉢が貰ったのだがほぼ手入れに失敗し、全滅を避けるため何本かを地植えにした。

 綺麗な花のものは、小さなままで息も絶え絶えに辛うじて生きている状態なのだが、普通に垣根などで見かけるこの種類だけがやたらと大きくなってしまった。

 毎年バッサバッサと思いきって剪定しているのだが、めげないでドンドン伸びてくる。

 そしてわざわざ葉っぱの陰で目立たない花を咲かせマイナーな位置に甘んじている。

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

読書は楽し

2017-05-29 16:10:05 | 本と雑誌
 古本屋のなかをウロウロするのが好きである。

 この他にも、100円ショップとかホームセンターとか図書館とか古着専門店とか・・・。

 共通しているのは、値段が極端に安くていいなと思う物が例え有ったとしても値が張らないという安心感がある。

 それと店の特徴として、雑然といろんな物が並べられていて、掘り出し物やお得感のあるものを探す探検的な要素を持っている。

 古本屋で装釘の変わった本を見つけ出した。

 
 「夜のくもざる」村上春樹(文)安西水丸(絵)1995.6平凡社(刊)

 頑丈なハードカバーの本は、特徴のある段ボールのカバーで保護されていて、そのカバーの女性の絵が目を引いた。

 村上朝日堂超短篇小説 というので、目次を見るとあとがきを除いて232ページに37もの短篇が詰め込まれている。

 ほぼ2ページ前後のものばかりで、絵ばかりのページや空白のページも多いので読む行為に負担感は極端に・・ない。

 わざわざ構えて読むこともないと、相方を用事で車で送った後に駐車場で待つ間に読む本として車に持ち込んだ。

 初めはとりとめもない話の連続にいささか拍子抜けの感じでページを捲っていたのだが、10篇あたりまで読み進むうちに不思議な文章の世界に引き込まれていた。

 しかも、どこで中断を余儀なくされても苦にならないのもこれまた不思議。

 
 「写字室の旅」ポール・オースター(著)柴田元幸(訳)2014.1新潮社(刊)

 これは図書館の本。

 ”老人は狭いベッドの縁に座って、両の手の平を広げて膝に乗せ、うつむいて床を見つめている”の書き出しで物語は始まる。

 主人公の名前は不明で、取り敢えずミスター・ブランクと呼ばれて物語は進行する。

 後半になってブランク氏はとある文章を読み始める。

 表題は「写字室の旅」、N・Rファンシー(著)とあって、1ページ目を開き読み始める。

 ”老人は狭いベッドの縁に座って、両の手のひらを広げて膝に乗せ、うつむいて・・・・・”

 ある程度まで読んでミスター・ブランクもウンザリする。

 とまあこんな調子で終わりへと近づいていくが、読んでるこっちも途方にくれる。

 この本を読んでいて以前読んだことのある「名声」の中の1篇「ロザリーは死にに行く」が頭に浮かんできた。

 安楽死をさせてくれるという民間組織の門を叩いた老主人公を、作者が最後に物語をひっくり返して若返らせて助けてしまうという展開にあっけにとられながらも、強く印象付けられていたのだ。

 このエンドレスの物語はジャンルとしてあるのかも知れないが、もし再び繰り返される人生を本人が全く意識出来ないのであれば、本人にとっては何度再生しようと一度きりの人生を歩んでいることになる。

 読者は神の目線で全てを理解でき、作者はしてやったりとほくそ笑む。

 ただ現実の世界もAIやVRや再生医療など、小説に負けじと追随している。

 ひょっとしたら、もう小説もAIが書いているかも知れない。

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

麦秋

2017-05-28 08:55:58 | 日記
 我が生まれ故郷に限りなく近い、大津町に所用で出かけた。

 通りかかった国道433号線沿いから見る麦畑が素晴らしかった。

  
 
 (阿蘇方向を望む)

 
 (金峰山方向を望む)

 麦の穂が熟れる頃は独特の雰囲気がある。

 稲穂は少し涼しくなった秋晴れのイメージさせるが、麦は初夏の爽やかさとこれから訪れる梅雨や梅雨明けの炎天を想起させる。

 麦刈りの頃については幾つもの思い出が蘇ってくる。

 (1)ヒバリの巣が麦の根元に幾つかあって、刈り取りの頃はちゃんと巣立っていたこと。
 (2)昔は手で刈り取っていたので、麦の穂先が手先や首元でチクチク痛かったこと。
 (3)炎天下で脱穀作業中に「カランカラン」というアイスキャンデー売りの鐘の音を聞くと直ぐさま大人達から買いに行くように言われて、待ってましたとばかり走り出していたこと。
 
 大型のコンバインが走り回って麦の穂先だけをカットし、脱穀までしてしまう様子が眼前に展開する。

 そこには、ヒバリも鳴いていないしアイスキャンデー売りもいない。

 そう言えば、「麦畑」と聞くと「ライ麦畑でつかまえて」という小説と、以前カラオケで女性と「麦畑」を歌ったことなども思い出す。

 今やパンや麺類など、米よりも利用している筈なのに殆どを輸入に頼っている。

 麦秋=郷愁になってしまっているのだ。

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

菜園は実の成る野菜で賑やかに

2017-05-27 09:16:23 | 家庭菜園
 先日菜園の様子を見に行って、トマト・カボチャ・キュウリの花が咲いていたのは確認した。

 植え付けの後、最初に花が咲いたのは茄子だと思っていたのに花は無くなっていて変だと思った。

 今日追肥をしながら、確認してみたら茄子の花はちゃんと咲いていた。

  
 
 しかも「千に一つの仇がない」の言い伝え通り以前見かけた花に実が成っていた。

 それではひょっとして他の野菜はと葉っぱの下や裏まで覗いてみると、な~んと実が成っていた。

 
 (キュウリ)
 キュウリはこの程度になると2~3日うちには収穫する必要がある。

 
 (ミニトマト)
 ミニトマトと表示された苗を買ってきたつもりだったが、やたら大きいのが少々気になる。

 以前普通サイズのトマトを植えたことがあるが、水分の多い土は実が割れてしまうというので、防水対策でビニールを張ったりしたが、それでも実にヒビが入ったことがある。

 その後やっと上手くいきそうだというところで、鳥につつかれてガックリ。

 それ以来、普通のトマトは止めて気を使わなくてい良いミニトマトにしているのだが・・・・・。

 
 (カボチャ)
 カボチャも実がついてはいたが、我が家では過去に一度も成功したことがない。

 先っぽにまだ花が残っている状態で、大きくなる前に落ちてしまうのがこれまでの状態だった。

 他の野菜はほぼ順調に成長するが、カボチャにはいつも裏切られているのでまだまだ油断は出来ない。

 例年放置して地面を這わせていたが、今年は上に伸ばしてみようとネットや木々に絡ませる作戦をとった。

 実ものの野菜は、手入れや収穫時期を誤ったりしないよう頻繁に見守る必要がある。

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

庭の除草は厄介、でも生えてこないのも不気味

2017-05-26 09:41:13 | 日常あれこれ
 庭の隅に挿しておいたバラが根付いてくれて喜んでいたら花まで咲かせてくれた。

 実はもう一本別な所に挿していたのを草取りの最中に見つけたのだが、こちらはつぼみのままに花は開かなかった。

 どうやら2輪も咲いてくれそうで予想以上の成果である。

 

 ほかに珍しい花でも咲いていないかと裏手に回ってみたら、庭石菖とカタバミが混成で咲いていた。

 カタバミは雑草として除草の対象にしているが、花そのものは誠に可憐で好きである。

 

 むやみと増殖しないという条件付なら可愛いがってもいいが、なにしろ此方の気持ちなどお構いなしに庭中に蔓延るので悩ましい。

 庭石菖は鉢植えの中から飛び出して地面に広がったが処置は比較的容易い。

 反対にカタバミは庭の方に繁茂した後さらに鉢の中に侵入してくるので取り除くのは骨が折れる。

 引き抜いたくらいでは根っこの一部が残るし、土を入れ替えて草木を植え替える場合も気を付けないと根っこが着いていく。

 雑草が次々と芽をして除草に悩まされるシーズンの到来だが、草どころか苔も生えない場所があって少し気になっている。

 

 隣家が去年解体した際に庭に飛んで来た白い漆喰のような物を業者が回収して行った跡である。

 和風の白壁の家だったので漆喰だと思っていたのだが、もう1年にもなろうというのに雑草も出て来ず、回りの芝も広がる気配がない。

 毎年除草には悩まされるが、草も生えないというのはこれまた妙な気分にさせられるものだ。

 取り敢えずもう少し土を取り除いて新しい土を入れて芝を移植してみようかと思っている。

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新築工事いろいろ

2017-05-25 10:14:45 | 日記
 初夏の晴天続きも爽やかを通り越して天を仰ぐほどの暑さが続いている。

 ところが昨日は久しぶりの雨で気温も下がり、菜園も水やりをする必要がなくなって私的には喜んだ。

 南隣の新築工事も雨を予想して、ちゃんと屋根の防水シートを貼る行程まで終了しておいて昨日は工事を休んだ。

 
 壁が出来ていないので代わりにシートを張り巡らしているが、中での作業はさぞや暑かろうなどと余計な心配だった。

 雨の日は休んで、天気回復する予定の今日はシートを外してクレーンで材料を搬入して作業を始めた。

 ところが、作業工程に長期予報や週間天気予報が考慮されていなかったか、もしくは作業員の手配も見積もり誤りかは知らぬが、北側の数軒先で始まった工事現場は雨の中で柱の組み立てをしていた。

 
 このお宅の基礎工事は、南隣りよりも早く完成していたのだが、途中から追い越されてしまっていた。

 通常棟上げは雨が予想されなくとも、ほぼ1日で終わらせ遅れても2日目には屋根部分は終わるのが通例である。

 雨の中で組み立ても異例なら、3日目になっても今だ組み終わらないのも異例だ。

 ただ南隣の工事もこれから床・天井・壁などの工事が延々と続く。

 沢山の音はもう1年以上も色々と聞かされてきたので慣れてしまったが、直ぐ傍に設置された野外トイレの臭いがこの陽気でやたらと漂うようになってきた。

 当初は何の臭いか分からず猫のウンコを疑ったが、猫にはとんだ濡れ衣で申し訳なかった。

 人間も猫も生きているからウンコはする。

 まあ、私の鼻は正常に機能しているということで、工事の整斉とした進捗を祈るばかりである。

 お願いの一句。

 「風ならば北北西の方が良い」

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蛍の光よ永遠に

2017-05-24 11:27:55 | 日常あれこれ
 去年のブログにアジサイが咲き始めたとかホタルが例年と違った場所で出ているなどと書いている。

 今年は庭のアジサイは微かにつぼみがある程度で、かなり遅れている。

 ホタルはどうだと、夕方からカメラをもって散歩に出かけた。

 今は地震の影響で使われていない町民グランドの西側と南側の用水路が目当ての場所である。

 
 (グランド横の用水路)
 午後7時ころの薄暮時期に出かけて、暗くなるのを待った。

 グランドと農道の間のほんの僅かばかりの水が流れる用水路なのだが、毎年ホタルが現れる知る人ぞ知るポイントである。

 去年の地震の後は例年出てくる西側には出ず、もっぱら南側だけだったのでウロウロしながら待ったが全く出て来なかった。

 例年のとおり西側に移動してみたらホタルの点滅が見え始めていた。

 
 
 
 
 沢山出てくるわけではないので、1匹出たら移動してパチリとホタルの光を求めてウロウロを繰り返す。

 最近は養殖のホタルの幼虫を川に放流してホタルの里などという所もあるが、ここは完全に天然のホタルである。

 町の直ぐ傍なのだが溝を流れる水は基本的に湧き水で、溝の底は砂地なのでエサのカワニナなどが沢山棲息している。

 町の教育委員会などが広報でホタルが出た場所などを時々流しているが、人々が押し寄せるほどの関心は引いていない。

 よって、散歩がてらに立ち寄ってのんびり眺める分にはなかなかいい。

 念のため去年出ていた場所に再度移動して確認したがホタルは出ていなかった。

 暫く眺めていたら里山の向こうが明るくなっているのに気づいた。

 
 里山の向こうの高原辺りは、自衛隊の演習場になっていてどうやら照明弾を上げながら夜間の訓練をしているようだ。

 ある一定の間隔で打ち上がる照明弾は光を発しながらゆっくりと降下していく。

 遠いので音のない、いわゆる遠花火という雰囲気で、思わず「たまや~!」と掛け声を掛けそうになってしまった。

 ホタルのショーが終わると、いよいよ梅雨がきて用水路の付近では田植えも始まる。

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

5月の菜園

2017-05-23 09:54:16 | 家庭菜園
 菜園に植え付けた各種苗類に花が咲き始めた。

 もう少し大きく成長してから咲かせればいいのに、少し気が早すぎる。

 
 (カボチャ)
 カボチャは時々植え付けるがうまく実が成ったことがない。

 何故か相方が好きで、性懲りもなく苗を買う。

 そして毎年失敗に終わる。

 さて・・・・今年は。

 
 (キュウリ)
 キュウリも幹が伸びていないのにもう花が咲き始め、早い物はもう小さな実を付けている。

 カボチャと違ってキュウリは毎年豊作で、ほぼ毎日キリギリスになったつもりで食べないと食べきれないほど穫れる。

 ことしは3株植えたから・・・さぞや。

 
 (ミニトマト)
 これも花が咲き始めた。

 最盛期は次々と熟れていって食べるのが追いつかないので、今年は1株だけにした。

 
 (ジャガイモ)
 随分早くに白い花が1枝だけ咲いたのだが、その後さっぱりである。

 隣の畑では紫色のジャガイモの花が咲き誇っているのに・・・。

 我が家のは白い花だったので種類が違うのだろう。

 本来は、今の時期に花が咲いて実が大きく成り、ジメジメ湿気の多い梅雨の前に掘り起こして収穫するというのが理想的。

 ところが毎年植える時期を失敗して、梅雨前に掘り出せず梅雨の最中の晴れた日に掘ることになる。

 それでも結構おいしいジャガイモになってくれているので今年も心配はしない。

 
 (西瓜)
 数年前から小玉スイカを植えたら成功したので、以来毎年植えているがほぼ毎年成功している。

 小玉スイカは素人でも失敗が少ないし、食べるにも冷蔵庫への収まりにも手頃の大きさでしかも甘くて美味しい。

 今年は思いきって4株植えたから、目論み通りならかなり穫れる。

 ある程度伸びてきたら、頭の芽を摘み取ってワキから枝を出させるのがコツだと今年初めて知った。

 苗を売ってくれた農協の直売所のオバサンが教えてくれたのだ。

 そう言えば去年は2株植えて放置していたらドンドン蔓が伸びてとんでもない広さに展開したものだった。

 後は茄子の花とピーマンの花が咲けば概ね夏野菜栽培のイントロの部分は達成する。

 これから生い茂る雑草・降り続く雨や日照り、そして食欲旺盛な虫とのお付き合いが待っているのだが、出来れば遭遇しなかった見なかったことにして戦を回避したいものである。今更勝つとも思えないし。

 共存共栄のケセラセラ栽培がぐうたら農園設立の本旨なのだから・・・。

 「この頃は季節も少しズルをする」

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新築いろいろ

2017-05-22 09:33:26 | 熊本地震
 東隣の新築工事が2日くらいで屋根も壁も出来てしまって驚かされたのはもう2ヶ月くらい前のことだった。

 早いものでもう入居者が半分くらいは入居している。

 4月に入って南隣の新築工事が始まったが、こちらは在来工法の木造建築2階建てである。

 先週の金曜日に棟上げとなった。

 
 在来工法といっても、昔の大工さんとは様変わりで金槌の音などあまりしない。

 もっぱらバチンバチンというホッチギスの親方のようなもので床や屋根を張り付けていく。

 まだ屋根材が載っていないから雨だと困るが、幸い好天が続く5月だが最近は予測できない天気になったりするので油断大敵である。

 そういうわけで、とにかく屋根までは急いで工事をしている。

 
 屋根の上を見上げると下張りの合板が三角形で飛び出しているのが見える。

 部材は事前にカットしたものを垂木に留めていくと思っていたら、取り敢えず長方形のまま打ち付けて出っ張った三角の部分は後でまとめてスパッと電動ノコで切ってしまった。

 直ぐ隣りに大工を引退した人が住んでいるが、東隣の組み立てハウスにはただ呆れていたが、南隣の工法も興味があるらしく日に何度も腕組みして見上げている。

 南隣は、年老いた夫婦と同居しているが、地震の前まではその老夫婦が建てた昔の大きな家に娘夫婦が同居しているという形をとっていた。

 大きな材木を使い、鬼瓦だのシャチホコだのが瓦屋根に鎮座する老夫婦自慢の和風建築だった。

 若いときは屋根の上などで作業をしたこともあったらしく、10年くらい前までは屋根の補修に自分で昇ったりする姿を見かけたものだが、最近は地面を歩くのさえ杖がないと足もが覚束ない。

 今度の新築は、娘夫婦によるもので、棟上げを見上げる老夫婦の姿には名状しがたいものが窺えた。

 つまり復旧復興に向けて極めて早く立ち上がった2軒の家の新築工事は近所の人々や、はては通行人に至るまでが注目して見上げているのである。

 ついでに築24年の我が家も見比べながら通っていく。

 「どうしてこの家は立っていられたのだろう」という顔をして。

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする