夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

我家の年金生活で、私なりの家内への対応は・・♪

2009-01-30 17:06:07 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の5年生であり、
少し体力の衰えた64歳の身である。

私達は子供に恵まれなかったので、家内と2人だけの家庭で、
古惚けた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

そして、共通の趣味は、国内旅行なので、
ときおり日本の各地を旅行したりしている。

私は大学を中退し、映画・文学青年の真似事をした後、
遅ればせながら25歳で民間会社に中途入社したので、
団塊世代の新卒の方たちと数年は机を並べることが多かったので、
自然と友人となったりした。

昨今、彼らも無事に定年退職を迎えた方もいたりし、
喫茶店、懇親会、そして二次会などで、
退職後のまもなくして、戸惑った日常生活を過ごされている方がいたりすると、
私はおしゃべりなタイプであるので、余計なお節介と知りながら、
年金生活で自身の自由な時間が欲しかったならば、
ともかく今までの現役時代と変貌させた態度で奥様に望む必要がある、
とさりげなく笑いながら云ったりしている。


具体的な内容については、このサイトで、
【 定年後、この世で最も恐い本・・♪ 】
と題して、2007年1月31日に投稿しているので、再掲載をする。

【・・
今朝の読売新聞の新刊本の広告を見て、私は微笑んでいたが、
よく中味を見てると、定年直後の男性人達にとっては、この世で最も恐い本のひとつと思っている。

小川有里・著の『定年オヤジのしつけ方』(講談社 定価1470円)の広告記事である。

ああ、うっとうしい! 毎日家にいる夫。

家庭内2007年問題を解決する痛快エッセイ!

「定年迷子」を
      かかえた妻たちよ。
           今立ち上がれ!


【定年オヤジの特徴!】

①テレビがお友達

②お昼は作ってくれるものと思っている

③毎日、ごろごろ居間にいる


このように綴られて折、私は著作者に関しては無知であるが、
定年後の迷子のような心が定まらない男性を正鵠に把握していると思い、
微笑んだり、苦笑したりしている。

私の多少知っている定年後の先輩の中の一部の方がいた。
『定年退職後・・何をしていいか・・分からなんだょ・・』
その方の歓送会の帰路、私に云われた事があったりした。

私は現役の55歳の時、社内はリストラの第二波が行われ、
早期退職優遇制度と称され書類に捺印し退職された人達、
大幅に社内の人事異動で配置転換になった人達、
私のように出向になった人達・・

こうした激動期の時、私達夫婦は人生設計を改めて話し合った・・。
60歳を過ぎてから、どのような生活をしたいのか、
これと同時に我家の資金のことも話し合った。

この結果、私は定年退職後、自分の趣味を生きがいとし、退職後の三年生とをなっている。

この本に明示されている「定年迷子」のような男性は、
ご自分にふさわしい生きがいを見つけることに限る。


そして、何より長年に寝食を共にした愛妻に対して、思いやり、
その上にともかく一日にひと言、誉(ほ)める。

『今日・・一段と・・きれいだょ・・』

『えぇ! こうしたことも出来るんだ・・凄いね・・』

『今日の・・この料理・・特に美味しいよ・・』


デパート、美容院、友達と会いに出かける時は、

『せっかくだから・・ゆっくり・・昼食は(冷凍の)チャーハンでも食べるから・・
たまにだから・・ゆっくりね・・』


そして帰宅した時、デパートで買物した場合、
『この服・・よく似合うょ・・』


美容院から戻った時、
『その髪型・・お似合いだょ・・』

ともかく私は、女性に対しては誉める。
古今東西の歴史に於いても、特に女性は誉められて嫌だわ、と感じる人でも、
表面は照れながらも、心の中は嬉しいのが圧倒的に多いのである。

サラリーマンの数多くは、長年にわたり、人間関係で揉(も)まれ、鍛(き)たい上げられたので、
簡単なことと私は思っている。

そして一日、一回は外出し、愛妻の自由な時間を作ることである。
現役時代の時は、多くの方達は多忙な会社人間であって、
日中の家庭では妻のペースで長年過ごしてきている。
このペースを出来る限り、乱さないのが秘訣と思っている。

具体的には、日常生活として洗濯、掃除、料理など最低限あるので、
その間のささやかな息抜き・・趣味ごと、
これを邪魔にするのは天敵と思っている。

私はお調子ものだから、茶坊主に徹し、
朝は家内より早めに起き出して、家内用のコーヒーと牛乳をそれぞれのマグカップに淹れて、
家内の枕元に置いたりしている。

そして、日中は買物の担当を引き受け、その前後、散策などをしている。

こんな他愛ない生活を私は過ごしている。

・・】


このようなことを私は2年前に投稿したりしているが、
昨今でも買物をした後、ときおり、
『貴方・・この品・・いつもののメーカーと違うわ・・ボケチンねぇ』
と私は家内から云われたりしている。

私は明るく大きな声で、
『本当・・これから気を付けるょ・・』
と家内に詫びたりしている。



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私の昨夜の夢は、碩学の方から叱咤され・・♪

2009-01-30 09:52:26 | 定年後の思い
私の住む東京郊外の調布市は、小雨の降る朝となっている。

今朝方、地元の天気情報を見ていたら、
朝の6時過ぎは6度、日中は10度前後となり、
夜の6時過ぎは9度前後、と予測されて、
明日の深夜まで降り続く、報じられていた。

私は久々の2日間の雨と知り、何かしら暖かな雨と感じ、
早春の雨、と思いながら微笑んだりした。

このような思いで、主庭のテラスの隅で、
煙草を喫いながら、小雨の降りしきる中の白梅の3分咲きの花、
純白の花の白玉椿、そして日本水仙の膨らんだ莟(つぼみ)を眺めたりしていた。

この時、どうしたわけか解からないが、昨夜の夢が思いだされたのである。


何かしら80代の細身の男性から、
『君ねぇ・・お前さん、最近、生意気なことを書いたんだって・・』
と私は云われたのである。

『・・』
私は思いあたることがなかったので、返事のしようがなかったのである。

ご高齢の方は、国文の上代文学専攻した大学教授を長年されて、
隠居された碩学であり、私の近くに住まわれている人である。

『お前さん・・何か奈良の名所めぐりについて・・
《少なくとも市内を中心に50日以上は宿泊し、各地の名所を訪ねる旅路となるのである。》
と書いたと友人から連絡があったよ・・』
と云われて、私はやっと思い当たったのである。


私はブログ系のサイトに、
【 私の夢のかけらの奈良大和路の旅は・・♪ 】
と題して、昨日に投稿していたのである。

【・・
過日、家内が、一度は奈良の『若草山 山焼き』を観たいわ、
と要望したので、私としては50年ぶりに、
家内と共に奈良に1泊2日のある旅行会社の企画された団体観光ツアーで訪れたのである。

わずか『西大寺』、『若草山 山焼き』、『長谷寺』、『室生寺』と観た限りであり、
こうした私の思いは、このサイトに、
【 冬の大和路、短かな旅は夢幻と現(うつつ)のなか。 【2009.1.24. ~ 1.25】 】と題して、
6回に及び、投稿している。

私は日中のひととき、ぼんやりと奈良大和路を思い馳せると、
やはり奈良大和路は、一日に一ヶ所の名所を訪れるのが、理想と思ったりした・・。
私は歴史と文化が好きであり、日本の場合は奈良時代から現世までは、
魅了させられている。


奈良市内の近くの名所であれば、必ず徒歩で訪ねて、鑑賞する。
過ぎ去った歴史のかなたの人々の営みが、視(み)えなくなるからである。
そして、『東大寺』、『興福寺』、『薬師寺』、『唐招提寺』、『秋篠寺』などを観て、
ひたすら歩くのである。

郊外であれば、やむえず自転車に乗り、大和路の道を走ったり、止まったりしながら、
『法隆寺』、『慈光院』、『長谷寺』、『室生寺』などを鑑賞し、古人に思いを馳せる・・。

このような思いになると、少なくとも市内を中心に50日以上は宿泊し、
各地の名所を訪ねる旅路となるのである。

・・】

このようなことを投稿していたのである。



私は大学時代より国文学を専攻され、上代文学の飛鳥・奈良時代にお詳しい人の前では、
返す言葉がなくて、
『・・あのように大和をめぐれたら・・夢の話ですよ・・』
と私は云うのが、精一杯であった。

私はこの碩学者が、かって1週間ぐらい日程、
たびたび御独りでとか、学生を引率して大和路をめぐっていた、
と近所の方たちの風の噂で聞いたりしていた。

そして私はこうした方に、しばらくの間、うなだれたのである。



このような夢のひとときであった。

私は東京の郊外で農家の子として生を受け、
何の確固たる根拠もなく、自己格闘しながら、
拙(つたな)い感性と感覚を頼りに、のような随筆らしき散文を綴っているので、
小雨降る中の樹木を眺め、苦笑している。



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