東京郊外の調布市に住む年金生活の66歳の私は、
今朝、ぼんやりとカレンダーを見つめると、『ひな祭』と明示さていた。
そして全国の女の子を祝う日か、と思ったりしながら、
庭のテラスに下り立ち、白梅、紅梅の花に見惚(みと)れてたりしていた。
ここ数週間、彩(いろ)どってくれた純白、淡紅色の花も、
ときおり風が吹くと、花びらが枝から離れて、空中をさまよいながら、地上に舞い降りたりしている。
このような情景を眺めたりしていると、
私の遠い昔、私の生まれた実家の『ひな祭り』は・・と思いを馳せたりした。
私は1944(昭和19)年に東京郊外で、農家の三男坊として生を受けた。
祖父、父が中心となって、程ほどの広さの田畑を耕していた。
長兄、次兄の後に私は生まれきたが、
祖父、父が何かしら女の子を期待していたらしく、
私の後に生まれた妹を溺愛した。
幼年期の私はこうした情景を見たしていると、
期待されないように感じ取り、いじけた可愛げのない児であった。
早春の2月の下旬になると、母の実家から贈られたひな人形を
父が蔵から出してきて、母や未婚の叔母に手渡していた。
10畳の一角にひな壇を設け、ひな人形の五段飾りを設置し、
この前に桃の花、ひし形の白色、桃色、薄緑色のひし餅を置いたりしていた。
ひし餅は、父が餅米を精米所に持ち込んだ後、
我家で臼(うす)で餅にしたものであった。
そして桃の花は、宅地の外れにある陽当たり良い所に3分咲きを活(い)け、
何かしら華やぎ、かぐわしい香りがしていた。
こんな情景を私は、ぼんやりと眺めていたが、
華やかな桃の花、3色のひし餅、そして絢爛(けんらん)な17人の人形を見つめていた。
そして、私はため息を吐(つ)きながら、
『女の子はいいよなぁ・・皆に大事にされるから・・』
といじけた私は思ったりしていた。
そして、人形の中のひとつ、護衛のようになっている人形を見つめ、
あのように綺麗な格好でいられたらいいよなぁ、
と眺めたりしていた。
このような思いを抱いた後、櫻の咲いた頃、
私は小学校に入学した。
尚、『桃の節句』が終り、翌日になると母は五段飾りを撤去し、
蔵に仕舞う準備をしていた。
私はせっかく飾ったのだから、せめて櫻の咲く頃まで、
このままにして置けばよいのではないか、と幼年心に感じていた。
このようなことをぼんやりと、思いだしたりし、
齢を重ねた私は、60年前の頃に、そうだったよなぁ、と愛惜を重ねたりした。
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今朝、ぼんやりとカレンダーを見つめると、『ひな祭』と明示さていた。
そして全国の女の子を祝う日か、と思ったりしながら、
庭のテラスに下り立ち、白梅、紅梅の花に見惚(みと)れてたりしていた。
ここ数週間、彩(いろ)どってくれた純白、淡紅色の花も、
ときおり風が吹くと、花びらが枝から離れて、空中をさまよいながら、地上に舞い降りたりしている。
このような情景を眺めたりしていると、
私の遠い昔、私の生まれた実家の『ひな祭り』は・・と思いを馳せたりした。
私は1944(昭和19)年に東京郊外で、農家の三男坊として生を受けた。
祖父、父が中心となって、程ほどの広さの田畑を耕していた。
長兄、次兄の後に私は生まれきたが、
祖父、父が何かしら女の子を期待していたらしく、
私の後に生まれた妹を溺愛した。
幼年期の私はこうした情景を見たしていると、
期待されないように感じ取り、いじけた可愛げのない児であった。
早春の2月の下旬になると、母の実家から贈られたひな人形を
父が蔵から出してきて、母や未婚の叔母に手渡していた。
10畳の一角にひな壇を設け、ひな人形の五段飾りを設置し、
この前に桃の花、ひし形の白色、桃色、薄緑色のひし餅を置いたりしていた。
ひし餅は、父が餅米を精米所に持ち込んだ後、
我家で臼(うす)で餅にしたものであった。
そして桃の花は、宅地の外れにある陽当たり良い所に3分咲きを活(い)け、
何かしら華やぎ、かぐわしい香りがしていた。
こんな情景を私は、ぼんやりと眺めていたが、
華やかな桃の花、3色のひし餅、そして絢爛(けんらん)な17人の人形を見つめていた。
そして、私はため息を吐(つ)きながら、
『女の子はいいよなぁ・・皆に大事にされるから・・』
といじけた私は思ったりしていた。
そして、人形の中のひとつ、護衛のようになっている人形を見つめ、
あのように綺麗な格好でいられたらいいよなぁ、
と眺めたりしていた。
このような思いを抱いた後、櫻の咲いた頃、
私は小学校に入学した。
尚、『桃の節句』が終り、翌日になると母は五段飾りを撤去し、
蔵に仕舞う準備をしていた。
私はせっかく飾ったのだから、せめて櫻の咲く頃まで、
このままにして置けばよいのではないか、と幼年心に感じていた。
このようなことをぼんやりと、思いだしたりし、
齢を重ねた私は、60年前の頃に、そうだったよなぁ、と愛惜を重ねたりした。
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