水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

シナリオ 春の風景(第五話) あやふや  <推敲版>

2010年02月03日 00時00分01秒 | #小説

 ≪脚色≫

      春の風景

      
(第五話)あやふや <推敲版>        

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]


○ 庭 昼
   庭に置かれた、陽光が射すスイレン鉢。鉢を観察する正也。鉢の中で泳ぐオタマジャクシ。
  正也M「最近、ツチガエルのオタマジャクシがスイレン鉢で元気な姿を見せ始めた。去年の秋
からご無沙汰しているので知らぬ態で挨
       拶だけしておいた。ただ、寒の戻りがあるか
も知れないから、今一、あやふやな泳ぎ方をしていて覇気もなく、あまり動かない
       ば
かりか時折り姿を隠して、あやふやだ」

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「
(第五話) あやふや」

○ 居間 夜
   渡り廊下近くの庭側の畳へ座布団を敷き、将棋を指す恭之介と恭一。盤面を注視し、凍結
状態の二人。ジュースが入ったコップを持
   って、風呂上がりの正也が居間へ入る。徐(おもむろ)
に長椅子へ座る正也。ジュースを飲みながら、二人の様子を窺う正也。
  正也M「どこの家でもそうだと思うが、あやふやな言葉でその場を取り繕う、ということはある
と思う。“あやふや”は、曖昧とも云われる
       が、外国に比べると僕達の日本は随分、
表現法が緻密で豊かなことに驚かされる」おもむろに顔を上げ、恭一を見る恭之
介。
  恭之介「お前な、休みぐらい家のことをな…(あやふやに云って、駒を指しながら)」
  恭一  「えっ? 何です(盤面を見る視線を恭之介に向けて)。家がどうかしましたか? お父さ
ん(あやふやに云い返して、駒を指す)」
  恭之介「そうじゃない! お前は、直ぐそうやって話の腰を折る。逃げるなっ!」
  恭一  「別に逃げてる訳じゃ…(微細な小声で呟いて)」
   将棋の駒を持つ恭之介の手が少し震え、怒りを露(あらわ)にしている。
  恭之介「未知子さんがな、そう云っとったんだ。道子さん、腰痛(こしいた)だそうじゃないか」
  恭一  「ええ…、まあ、そのようです」
  恭之介「そのようです、だと?! そ、そんなあやふやなことで夫婦がどうする!!」
   一瞬、顔を背(そむ)けて顰(しか)め、舌打ちする恭一。
  正也M「久々に、じいちゃんの眩い稲妻がピカピカッと光り、父さんを直撃した。父さんは逃
げ損ねた自分に気づいたのか、思わず顔
       を背(そむ)けて顰(しか)め、舌打ちした」
  恭之介「まあ、大事ない、ということだから…いいがな。家のことを少しは手伝ってやれ」
  恭一  「…はい」
   恭一の態度に溜飲を下げ、穏やかになる恭之介。
  正也M「父さんは観念したのか、今度はあやふやに暈さず、殊勝な返事で白旗を上げた。だ
が次の瞬間、不埒(ふらち)にも、じいちゃ
       んに逆らった」
  恭之介「大したこと、なさそうですしね…」
   顔を茹で蛸にして、対面の恭一の顔を睨みつける恭之介。
  恭之介「なにっ! ウゥ…ウウウ… … …(激昂して) 」
  正也M「じいちゃんは、激昂し過ぎた為か、声が上擦って出ず、後は黙り込んでしまった。高血
圧で薬を飲んでいて、自らの体調の危険
       を感じたからに違いない」
   風呂上がりの未知子が居間へと入り、恭之介に近づく。
  未知子「マッサージに行ってから、すっかり楽になりました。御心配をおかけして…」
  恭之介「ほう…それはよかった、未知子さん(笑顔を道子に向け、心を込めた口調で)」
  恭一  「うん、よかったな…(盤面に視線を落したまま、上辺だけの口調で)」
   盤面から、ギロッ! と、視線を恭一に向ける恭之介。
  恭之介「お前の云い方はな、心が籠っとらん!!」
  正也M「母さんを見て微笑み、父さんを見ては茹で蛸にならねばならない、じいちゃんは、実
に忙しい。でも、それを見事に演じきるのだ
       から、じいちゃんは名優であろう」
   笑いながら居間を去りかけた未知子、立ち止まる。
  未知子「風呂用洗剤Yは、よく落ちるわねえ、あなた」
  恭一  「だろ? また買っとく…」
  恭之介「某メーカーの奴だな。…お前も、もっと光れ、光れ」
   氷結して沈黙する恭一。
  正也M「じいちゃんの嫌味が炸裂し、父さんは木端微塵になった」

○ エンド・ロール
   談笑する家族。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 短編小説を脚色したものです。小説は、「春の風景(第五話) あやふや 終」 をお読み下さい。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖③》第二十回

2010年02月03日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖③》第二十回
 左馬介は、腕は別として、心理面の自分は未だ未熟なのだ…と自戒した。今年は客人身分になる者はいなかったのだが、来年は井上を筆頭に神代、塚田の三人が、ごっそりと抜けるのだ。左
介は、しっかりせねば…と、心を新たにするのだった。
 次の日から左馬介の剣に対して取り組む姿勢が変化した。それは眼には映らぬもの故に、門弟達の誰一人として気づかない。それもその筈で、稽古時は刀の所作に集中していたから気づく訳がないのだ。では、どこが変化したのか。それは、稽古を終え竹刀や木刀を刀掛けへ戻す寸前にあった。左馬介を含む門弟達は稽古を終え、いつもの手順で稽古場を後にしようとしていた。午前は竹刀、午後は木刀を側板に設けられた刀掛けへ続々と戻し門弟達去っていく。その中には当然、左馬介もいた。いつもなら何げなく戻す左馬介の挙動は、一瞬だが変化していた。ほんの一瞬なのだから、皆が気づかなかったのも仕方のな
い所である。
 戻す直前、左馬介は刀を持つ腕を髷(まげ)の上へ押し戴くと、を閉じた。そして次の瞬間には、いつもの仕草で刀掛けへ戻したのである。水滴が地へと落ちるか落ちないほどの瞬時なのだから、誰もが気づかなかった、いや、気づけなかったのも頷ける。


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