≪脚色≫
春の風景
特別編(上)麗らか(2) <推敲版>
登場人物
湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
湧水恭一 ・・父 (会社員)[38]
湧水未知子・・母 (主 婦)[32]
湧水正也 ・・長男(小学生)[8]
その他 ・・猫のタマ、犬のポチ
○ 玄関 外 朝
家を出て歯医者へ向かう恭之介。
正也M「(◇)仕方なく歯医者で入れ歯を修理することにして出かけた」
○ 居間 昼
長椅子に座り、新聞を読む正也。歯医者から帰ってきた恭之介。長椅子に座る。
正也M「帰ってきたじいちゃんは、僕とは逆に、滅法、テンションを下げていた」
恭之介「フガフガフガ…[一本で行きゃよかった…]。フガガガフガガ…[これだけ抜けると暫くかかるそうだ…]。フガガフガフガ[それに
金もな]」
正也 「ふぅ~ん」
正也M「じいちゃんは抜け歯語でそう語った。僕は、つれない返事を返した。ここは余り出しゃばらない方が得策のように思えたのだ」
○ 湧水家の庭 早朝
早朝稽古をする恭之介と正也。口をモガモガと動かし、今一、いつもの精彩がない声の恭之介。いつもの元気な正也の掛け声。稽
古を続ける二人の姿。春の庭。
正也M「それからというもの、じいちゃんの身には春だというのに、辛くて冷たい口元の日々が続くことになったのである。剣道の猛
者も、怪談・牡丹燈籠のお武家のように、すっかり元気がなくなってしまった。そうは云っても、僕には何故、このお武家が元気をなくしたか…という、その辺りのところは、よく分からないのだが…」
○ 玄関 朝
山行きの姿の恭之介と正也。持ち物の点検をする恭之介。靴を履く二人。
正也M「まあ、そんな中にも、春の息吹きを感じさせる恒例の蕨採りが近づいていた。勿論、このイベントは、じいちゃんなしに語れない
のである。じいちゃんも、イベントの主役が自分であるという自負心が芽生えて入る為か、俄かにアグレッシブになったのだ」
恭之介「フガガ ! フガガガ [ よしっ ! 正也]、フガガッ ! [ 行くぞっ ! ] (玄関の戸を開けながら)」
大声に驚いて台所へ逃げ去るタマ。薄眼を開け、また閉じると、ふたたび、悠然と寝る犬小屋のポチ。
○ 山の中 朝
朝日を浴びる樹々。手際よく、蕨を採り、籠へ入れる恭之介。それなりに採る正也。
正也M「師匠は達人で、瞬く間に腰の籠は一杯に溢れた。僕は…といえば、まあ、それなりに採った…と報告しておこう」
○ C.I 山道 昼
平坦な山道を下る恭之介と正也。
○ C.I 畑 昼
たき火を囲む恭之介と正也。消えかかった火。出来た木枝の灰。
正也M「その後、下山して次の作業にかかった。木枝を燃して灰を作ったのだ」
○ C.I 台所 昼
鍋で蕨を湯がく未知子。萎えた蕨の加減を見た後、水に蕨を晒す未知子。
正也M「ここで母さんの出番となる。灰は、水に溶かされ、その中へ採ってきた蕨は浸けられ、湯がかれた。そして、水に晒(さら)され
た蕨は、すっかり萎え、アクは抜け出たようだった」
○ 台所 夜
食卓テーブルを囲む家族四人。笑顔の恭之介。
正也M「上手くしたもので、じいちゃんの入れ歯の修理が終わった電話が歯医者から掛かり、じいちゃんのテンションは持ち直し、いつ
もの笑顔が戻った。母さんお手製の蕨の煮物が安心して食べられるから、その喜びにうち震えた笑顔だったのだろう」
未知子「どうです? お父様、お味は?」
恭之介「いやあ・・いつもながら絶品です、未知子さん」
恭一 「なかなかの味だ…」
恭之介「やかましい! 部外者がっ!」
恐縮して身を竦め、氷になる恭一。
正也M「じいちゃんが落雷した。まあ、そんなことが起こることは滅多とない訳で、我が家には麗らかな春の平和な日々が続いている」
○ エンド・ロール
恭之介が落雷した後の家族の談笑風景。
テーマ音楽
キャスト、スタッフなど
F.O
※ 短編小説を脚色したものです。小説は、「春の風景 特別編(上) 麗らか」 をお読み下さい。