≪脚色≫
春の風景
特別編(上)麗らか(1) <推敲版>
登場人物
湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
湧水恭一 ・・父 (会社員)[38]
湧水未知子・・母 (主 婦)[32]
湧水正也 ・・長男(小学生)[8]
○ 湧水家の庭 昼
快晴の昼。軒の庇から伝い落ちる雪解け水。綺麗に咲いたオウバイ、紅梅の庭木。手入れされた日本庭園。
正也M「雪解け水がポタッ・・ポタッと屋根から伝って落ちる。オウバイは黄色い蕾を開け始め、紅梅も負けまいと、両者は競っていい
勝負だ(◎に続けて読む)」
○ 家前の畑 昼
積雪の上に所々、顔を出した蕗の薹(とう)。
正也M「(◎)今年は珍しく名残りの雪が遅く降ったのだが、そうは云っても、今日からは、もう三月だ。すぐに姿を消すであろう所々の
雪の敷布。その上に、黄緑色の蕗の薹が楚々と顔を出している」
○ メインタイトル
「春の風景」
○ サブタイトル
「特別編(上) 麗らか」
○ 玄関 外 昼
元気よく、下校してきた正也。玄関戸前で立ち止まり足の長靴を見る。泥まみれになった長靴。
正也M「中途半端な雪で、長靴がすっかり泥んこになりサッパリだ。しかし、この程度の雪が景観としては一番、情緒があるようにも思
え、僕は好きだ。要は一勝一敗なのである。僕に好かれても雪は困ってしまうだろうし、雪女となって肩を揉みに来られても、ち
と困ってしまうのだが…」
玄関戸を開け、外へ出てきた恭之介。
恭之介「おお…正也、お帰り。ど~れ、蕗の薹でも取って、未知子さんに味噌にして貰おう…。美味いぞぉ~」
云った後、ワハハハ…豪快に笑う恭之介。その恭之介を見上げる正也。
正也M「確かに、この時期の蕗の薹味噌は、熱い御飯の上へ乗せて食べると絶妙の味を醸し出すのである。しかし、じいちゃんの笑
顔は、後日、湿っぽい顔になった」
○ 庭 早朝
剣道の稽古をする恭之介と正也。響く二人の声。
正也M「僕は日曜なので当然、家にいた。起きると、いつもの早朝稽古でじいちゃんと一汗、掻いた」
○ 台所 朝
食卓テーブルで朝食を食べる家族。がっつりと食べている恭之介と正也。突然、手を止め、顔を顰める恭之介。
未知子「お父様、どうかされました?(斜向かいの恭之介を見遣って)」
恭之介「えっ? …いや、なに…、大したこっちゃありません…」
咀嚼を止める恭之介。見遣る恭一、未知子、正也。徐(おもむろ)に箸と茶碗をテーブルへ置き、手を口へと運ぶ恭之介。次の瞬間、口
から指に摘まんだ一本の歯を取り出し、即座にポケットへ入れる恭之介。
正也M「決してマジックなどではない。じいちゃんの入れ歯の一本が離脱したのだった(△に続けて読む)」
残った茶碗の飯を、茶漬けにして口へ流し込む恭之介。最後に長い舌を出し、フリカケを舐める。早々と席を立つ恭之介、無言で離
れへと急ぐ。唖然として恭之介の後ろ姿を見遣る三人。
○ 離れ 朝
部屋前の渡り廊下で、入れ歯を外して注視する恭之介。一本、抜けおちた入れ歯。ガラス越しに陽に翳(かざ)す恭之介。
正也M「(△)じいちゃんは前回の餅の時で懲りたのか、歯医者へは行かない日が続いた。僕も、まあ一本くらい抜けたって入れ歯だし
不都合もないだろう…と、軽く踏んでいた」
○ 台所 朝
食卓テーブルで朝食を食べる家族。T 三日後。テンション高く食事する正也。テンションが低い恭之介。急に咀嚼を止める恭之介。
口へ手を遣り、数本の抜け歯を取り出す恭之介。三日前と同じように、茶漬けで食べ急ぐ恭之介。
正也M「物事は、しっかりと帳尻を合わせておかないと、偉い事になるようだ。僕はそのことを、入れ歯から思い知らされた格好だ。じい
ちゃんの入れ歯は、ボロボロッと抜け落ちた」
正也 「じいちゃん、大丈夫?(心配そうに)」
恭之介「フガッ、フガガッ! [なにっ、大事ない ! ](少し、怒り口調で云い、席を急いで立ち)」
離れへ去る恭之介。恭之介を見遣る三人。
正也M「こうなっては流石のじいちゃんも放ってはおけない(◇へ続けて読む)」
≪つづく≫