水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-83- 働く

2017年07月02日 00時00分00秒 | #小説

 人は生きるために働く。働かない人でも生きてはいけるが、そういう人はすでに人ではなくなっているのだ。 もちろん、人も働いてばかりでは死んでしまうから、適度な余暇(よか)、食事、楽しみを交(まじ)えた休息は欠かせない。では、働くことでどうなるというのか? それは当然、他の人のためになる。傍(はた)を楽させるのが働く・・とは、世間でよく言われるところだ。そこら辺(あた)りまでは誰にでも分かるだろう。ところが、働くことは今の自分をより以上の自分に高めているのだということを認識する人は少ない。宗教関係者で世間から隔離された存在の人々は、この真理に到達しやすいようだ。まあ、出来のいい一般人でも稀(まれ)に真理に到達している人が、いることはいる。町役場で働く蛸焼(たこやき)も、そんな出来のいい一人だ。
「なんだ、蛸焼さんでしたか。ご精が出ますな。そろそろお帰りになられてはいかがですか?」
「ああ、御子鑿(おこのみ)さん! 日直ですか。これ、もう少しで切りがつきますので…」
 振り向いて御子鑿に返した蛸焼だったが、課内の時計は、すでに夜の7時を回っていた。官執勤務の退庁時間は概(おおむ)ね5時だから、蛸焼は2時間ほど時間外勤務をしたことになる。ところが、蛸焼は手当をもらっていなかった。蛸焼は自分の能力を高めようと挑戦していたのだった。そんなこととは露(つゆ)ほども知らない日直番の御子鑿は、誰もいないはずの課内の灯(あか)りが窓から漏れていたのを発見し、恐々(こわごわ)、戸を開けたのだ。御子鑿にすれば、『この人、何が楽しくてこんなに働くんだ?』というのが偽(いつわ)らざる心境である。そうなのだが、そうとは言えないのは、御子鑿も気配りで働いた・・ということに他ならない。人は皆、意味や意義が分かる分からざるとにかかわらず、働いているのだ。こんな

                         完


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