水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-90- 候補者

2017年07月09日 00時00分00秒 | #小説

 選挙戦たけなわの中、二人の女性候補者が街頭演説の論戦を、ぶち上げていた。候補、宝飾(ほうしょく)は与党・民自党から出馬していた。もう一人の候補、素顔(すがお)は野党・民心党からの立候補者である。両者は相手のマイクが聞こえない程度の距離を保って街頭演説カ-を止めていた。それでも、時折り、風に乗った相手候補者の声が聞こえなくもなかった。
「決して今の政治を認めてはなりません。皆さん、私が変えます。今の日本の政治を大きく変える唯一の候補者ですっ!」
 与党である民自党の候補者がマイクを握り、一段と声を大きくして高らかに唸(うな)った。困ったことに、その声の一部が風に乗り、もう一人の候補者の街頭演説カーに届いたのである。耳にした民心党の女性候補は、内心で『まあ!!』と憤慨(ふんがい)した。憤慨しただけなら、コトは何も起こらなかったのだが、聞いた民心党の候補者はすぐ反撃に出た。
「いえ! 皆さん、そうではありません。私こそ! 私こそが唯一(ゆいいつ)、今の日本の政治を変えられる候補者ですっ!」
 またまた運悪く、民心党候補者のその声が風に乗り、与党・民自党候補者の耳に入った。
「いえいえ! 私です。私こそが、それが可能な候補者ですっ!」
 街頭演説カーの下で聞いている聴衆の耳には、生憎(あいにく)相手候補者の声は風に乗って届いていなかった。
「何が可能なんだい?」
 聴衆の一人が、隣りに立つ聴衆に訊(たず)ねた。
「さあ? …」
 隣に立つ聴衆も分からなかったから、首を傾(かし)げながら返した。聴衆には選挙に出た候補者としか映(うつ)っていなかった。

                         


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