水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-89- 作為(さくい)

2017年07月08日 00時00分00秒 | #小説

 人々が行う物事には、その行為が良い悪いにかかわらず心理で判断する間合いがある。その間合いで、考えた上で行う行為を作為(さくい)、考えずに行ってしまう行為を不作為という。
 中川家では一個のアイスクリ-ムを巡り、家庭不和が勃発(ぼっぱつ)していた。
「馬鹿言わないでよっ! アイスクリ-ムなんて入ってなかったわよっ」
「そんなに言うなら、いったい誰が食べたというんだっ!!」
 鼻息荒く妻の和江(かずえ)に噛(か)みついたのは夫の等(ひとし)である。
「いや、それは母さんが言うとおりだよ、父さん。僕も冷蔵庫、開けたとき無かったから…」
 長男の的矢(まとや)が母親を援護(えんご)した。
「お兄ちゃんが言うとおりよ、私も見たから…」
 現れた妹の真弓が、さらに父親を追撃した。
「すると、なにかっ! お前達は俺が買って入れておいたアイスクリ-ムが、勝手に冷蔵庫から出て消えた・・とでも言うんだなっ!」
 夫はムキになった。
「なにも、そんなこと言ってないでしょ! ただ、入ってなかったって言っただけよっ!」「そうだよ」「そうよ」
 妻もムキになって夫へ言い返し、子供達も追随(ついずい)した。そこへ何食わぬ顔で現れたのが最近、家族に入れてもらった新入り子猫の小太郎である。その小太郎の横には、どういう訳か食べられたあとのアイスクリ-ムの小さく丸い空箱があった。
「あっ!」
 等は、ひと言、そう言うと、何もなかったようにスゴスゴと小さくなって三人の前から消え去った。等は不作為で考えることなく、買って楽しみに取っておいたアイスクリ-ムを、つい、子猫の小太郎にやってしまったのだ。困ったことに、それを等はすっかり忘れてしまっていた。忘れていたから、当然ながら等の頭の中でアイスクリ-ムは、まだ冷蔵庫の中にあった訳である。世の中では、こんな小さな作為がない間違いが困ったことに多い。

                         


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