最近の都会では激しい雨が降ると、雨水(あまみず)が逃げ場を失ってコンクリートやアスファルトのあちこちから溢(あふ)れ出る。人は脚元(あしもと)が濡(ぬ)れて弱るが、雨水にしたって好きで溢れている訳ではない上に逃げ道を塞(ふさ)がれるから大弱りに弱ることになる。雨の逃げ道・・雨の道が消えるのだ。その結果は明々白々(めいめいはくはく)で、側溝(そっこう)やマンホールなどの至るところから水が噴き出し、あたり一面が水(みずびた)しのような状況を醸(かも)し出す。これは、とある男、牧川が雨水から直接、聞いた、嘘(うそ)のようで本当の会話だ。
『いやぁ~弱りましたよ。多くの方が並んでおられるんですから…』
『ははは…今、来られた貴方(あなた)なんか、まだいい方ですよ。私なんか30分待ちです』
『なんだっ! そうでしたか。いつ頃、この道は復旧するんでしょう?』
『さあ? そんなこと、私に訊(き)かれても…』
逃げ場を求めて先に並んでいた雨水は、すぐ後ろに並んだ雨水へ愚痴るように小声で言った。後ろに並んだ雨水は、思わず天を見上げた。
『しまった! こんなことなら落ちてくるんじゃなかった。もう少し、雲の上で寝てりゃ、こんなことには…』
先に並んでいた雨水と同じように、後ろに並んだ雨水も愚痴った。
『ははは…おっしゃるとおりです』
雨水 同士(どおし)の会話を立って聞く牧川は、私ももう少し寝てりゃな…と思った。
「ははは…こんな渋滞(じゅうたい)は困ります。文明進歩もこういうのは、良し悪(あ)しですな」
牧川は思わず小声で呟(つぶや)いた。その声が語り合う雨水に聞こえたかどうかまでは定かではない。ただ、牧川が呟いたあと、途端に雨は止(や)んだ。軒(のき)で雨宿(あまやど)りしていた牧川は歩いて去り、いつの間にか溢れ出ていた雨水は消えた。雨の道は復旧した。
完