ここは、賓客(ひんきゃく)の到着を今か今かと待ちわびる、とある会社のエントランスである。困ったことに、会社の役員達にはその人物がどういう外見なのかが皆目(かいもく)、分かっていなかった。というのも、海外伝送システムの俄(にわ)かな故障で、肝心(かんじん)の写真などの人物データが何も届(とど)いていなかったからである。なんといっても、会社を経営危機から救おうという一流の海外総合商社の代表である。役員数人だけでは心もとないということで、管理職以下、総出の出迎えである。社員達の間では、いったいどういう人物が来るんだろう・・という風評が社内のアチコチで囁(ささや)かれていた。
「部長! どんな人なんでしょうねっ!」
「さあ、私にもさっぱり分からんよ。ははは…私に分かっていれば、今頃、アッチにいるよ」
人事部長の庭池(にわいけ)は課長の苔石(こけいし)に訊(き)かれ、最前列で立ち並ぶ役員達を指(ゆび)さした。
「ははは…そりゃ、そうですよねぇ~」
嫌(いや)なところで苔石に納得された庭池は、すっかりテンションを下げた。
問題の賓客の到着は午前10時頃という連絡があっただけで、海外支社からの連絡はその後、一切、途絶えていた。テロ関係の事件で海外との通信が国の指示で丸一日、遮断(しゃだん)された・・ということもある。
午前10時が迫っていた。約10分前になったとき、一人の貧相な身なりの男が現れた。役員一同は、まさかこの人が…と、誰しもが思った。
「ちと、ものを訊(たず)ねますが…」
身なりは貧相(ひんそう)だったが、語り口調は上品である。それでもまあ、海外の賓客→外国人…という普通の図式からすれば、本物(ほんもの)でないことは歴然としていた。
「あんたね、ここ邪魔だから。アチラで訊いて…」
役員の一人は、まるで厄介者(やっかいもの)を追い払うかのように片手を振りながら遠ざけた。
「まさか、アノ人は違いますよね、部長」
「ははは…アレが本物だったら、私は疾(と)うに社長だよっ、苔石君」
「ははは…それもそうです、部長」
後ろの列で、人事コンビがまたヒソヒソと語り合った。そのとき、数台の車がエントランスへ横づけされ停車した。誰の目にも、この方々こそ! と映った。車から降りてきたのは外人客で、もの珍しそうに社屋ビルを眺(なが)めた。
「ははは…ようこそ、わたしが社長の獅子脅(ししおどし)です」
獅子脅は歩み出て、片手を差し出し握手しようとした。
「オオッ! ココガッ!」
外人客も笑顔で握手に応じた。有名ホテルと勘違いしたのだ。
「さあ、どうぞ…」
数人の外人客は中へと通された。だが、この外人客は単なる観光客で、会社が待ち望んでいた賓客ではなかった。本物の見誤りは、外人客達の背広姿にあった・・といっても過言ではない。
その頃、追い払われた貧相な男は、入口の警備員と口論をしていた。
「外国から?! アンタねっ! これ以上、妙なことを言うと、警察に突き出すよっ!」
「ああ、突き出しなさいよっ! なんという会社だっ!」
貧相な男は旋毛(つむじ)を曲(ま)げてエントランスから去っていった。なにを隠そう、この方こそ、恐れ多くも先の副将軍、従三位(じゅさんみ)中納言、徳川光圀(とくがわみつくに)公ではないが・・賓客の海外商社代表で、二世社長の本物だった。
外人客達が賓客でないことはすぐに判明し、役員達一同はエントランスへと取って返した。だが、その後は誰も現れず、10時を過ぎ、すでに11時を回っていた。
「来られないねぇ~」「来られませんねぇ~」
だから、やってみなくちゃ・・ではないが、本物は外見では分からない。
完