水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

隠れたユーモア短編集-1- 靴下の穴

2017年07月20日 00時00分00秒 | #小説

 初めはいいが、何度も履(は)いていると靴下は破れて穴があく。なにも穴があきたくて靴下は穴があく訳でないことは誰にも分かる。穴があいて破れないと、新しい靴下を買ってもらえないから、靴下は破れるのだ・・と考えるのが妥当なのだ。買ってもらえないと製造する会社、平(ひら)たく言えば、そこで働く人々の生活を脅(おびや)かすことになる訳だ。売れないと儲(もう)けが出なくなり、お金が働く人々に渡せなくなるためだ。ということは、靴下の穴は働く人々の生活に貢献(こうけん)している・・と、まあこう見るのが正解のようである。
 今朝も穴があいた靴下に気づき、足川は破れた靴下を新しいのと履(は)きかえた。足川は靴下の製造会社で古くから働く社員だ。自社製品を当然ながら履いている訳だが、今朝は妙なことに気づいた。
━ 営業で靴下の契約を取るために働いているが、その靴下が破れるということは、どうなんだ?━
 と思えたのである。そう思うと、俄(にわ)かに足川の動きが緩慢(かんまん)になった。出社の時間が迫っていた。足川は、まあ、いいか…と玄関を出ると、車を始動した。新しい靴下だから履き心地は抜群だ。会社の駐車場に車を止めたとき、足川はふと、浮かんだ。そうか! 靴下の穴は自分の生活を支える隠れた立役者なんだと…。回り回った結論ながら、足川はなぜか得心できた。

                              


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