水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-97- 使い捨て感覚

2017年07月16日 00時00分00秒 | #小説

 困ったことに日本はいつの頃からか、物に対する考え方が使い捨て感覚になった。いつから? とは正確に示せないが、戦後の復興が進み、物が豊かになってくるとともに、その傾向は強まったように思える。使い捨て感覚が蔓延(はびこ)るそれまでは拾(ひろ)いまくられた煙草(たばこ)の吸殻(すいがら)は、巻きなおされて売られ、商売になった終戦直後の時代もあったのだ。それが、フィルターと呼ばれる時代が訪れると、ポイッ! と使い捨て感覚で地面に捨てられるようになった。この感覚は、人のすべての生活に及ぶから、この感覚に毒された人は、すべてを軽く捨てるようになるから困る。もちろん、そんな感覚にならない人も多数いる訳だが…。
「君ね…悪いが、次の異動では子会社へ出向してもらうよ。もちろん、支社長としてだがね。な~に、一年の辛抱(しんぼう)だよ。一年たてば、必ず私が呼び戻(もど)すから…」
 専務派に破れた常務の脇川は、部長の小坂の肩に手をかけると、慰めるようにそう伝えた。すでに副社長に内定していた専務派の常務派追い落とし工作は始まっていた。小坂の出向は身の危険を食い止めるトカゲの尻尾(しっぽ)切りの色彩がなくもなかった。
「ぅぅぅ…常務! 無念ですっ!」
 小坂は使い捨てられたかと一瞬、思ったが、戻れると聞かされ、そうでもないか…と、脇川にヨヨと縋(すが)り、泣きついたのである。
「ああ、私もだ、小坂君」
「ぅぅぅ…お、お願しますっ!」
「ああ…」
 泣きつかれた脇川はどんな気分だったのか・・それは語るまでもないだろう。身の危険を未然に防ぐ使い捨て感覚の予防策だった。甘いのは砂糖だが、世の中、そうは甘くない。

                         


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする