朝から篠山家では大騒動が勃発(ぼっぱつ)していた。
「誰が朝ボケだっ!」
顔を真っ赤にして怒っているのは、ご隠居の清次郎である。怒らせたのは今年、高校二年になった清吾だ。
「じいちゃん、そんなこと言ってないよ。[あさぼらけ]って言ったんだよ」
「やかましいっ! 儂(わし)はボケてなぞ、いんわっ!!」
80を過ぎた頃から清次郎は耳が滅法、遠くなっていた。年齢から来る隠れた身体の衰(おとろ)えだが、清次郎は未だそのことを自覚していない。いや、正確にいえば、自覚はしているのだが、まだその事実を受け入れたくないと内心の隠れた潜在意識が否定させているのだった。
じいちゃんには敵(かな)わない…と、清吾は思ったのか、清次郎の前から無言で素早く撤収して消えた。
「なんだ! あいつ…。散々、儂をこきおろしやがって!」
まだ、憤懣(ふんまん)やる方なし・・の清次郎だったが、いなくなったら仕方がない…と隠居所へと消えた。
ここは隠居所である。清次郎が入ってきたとき、電話が鳴った。
「えっ! 孫がでございますか。それはそれは…。もう少し、大きな声でお願いをいたします。…はい、ええ…百人一首大会の優勝で全国大会に出場が決まったと? はい! そりゃ、態々(わざわざ)どうも…。はい! 早速(さっそく)、本人と両親に伝えさせていただきますでございます。えっ? ああ、私でございますか? 私は清吾の祖父にあたる者でございます。ほほほ…どうも。では…」
電話が切れたとき、清次郎は[朝ボケ]ではなく[あさぼらけ]だと初めて気づいた。
完