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平和の海の江戸システム(後編)

2020年09月12日 | 日本
(余裕の守り)
江戸時代初期、東南アジア各地には日本町や日本人居留地が作られ、幕府から許可を与えられた朱印船が、さかんに往来していた。1604年からの約30年間に365隻(せき)が渡航したという。このまま海洋アジアとの交易が発展すれば、我が国は江戸時代には海洋アジアの一大勢力として、国際化していたであろう。

しかし、暴力的収奪を常とするヨーロッパ人の割り込みが、その発展を大きく阻害した。フィリピンのようなすぐ隣の土地がスペイン人の植民地となり、キリスト教布教を名目とした侵略性は隠しようもなかった。

徳川幕府は、キリシタンを禁制とし、海外発展よりも、内政充実を選ぶ。一般にこれを「鎖国」というが、実際には、上述のように中国・朝鮮などとは活発な交易を続けており、またオランダを通じて、近代世界システムの動きに対する情報収集も怠りなかった。

それらの事象が意味するものは目本の、"守り"であると同時に"余裕"である。外国の怪しげな諸勢力が侵入するのを拒絶する自由独立の意志の表現であると同時に、17~18世紀にかけて主権国家体制をとり始めた西欧各国と歩調を合わせ、日本が統一国家としての体制を確立せんとしていた証拠である。

(平和の配当による高度成長)
徳川幕府は、当初、豊臣政権の「七公三民(収入の7割を税徴収)」の税率を踏襲(とうしゅう)したのだが、それらは城下町の建設、陸路・海路の交通網整備、河川堤防の建設、新田の造成など、大規模な社会インフラ整備に使われた。そしてそれらが終わるとただちに、大減税を敢行した。四代将軍家綱の元禄の頃には、「三公七民」と逆転していた。

いわば、戦国時代の後の「平和の配当」である。上述した四大商品の国産化成功ともあいまって、我が国は空前の高度成長期に突入した。江戸幕府創設の直前、1600年の日本の人口は12百万人だったのが、1721年には31百万人と2.6倍にもなった。生活水準も向上し、平均寿命が延びた。

この間の耕地は、225万ヘクタールから296万ヘクタールへと、1.3倍となっている。1.3倍の土地で、2.6倍の人口を養っていたのだから、土地生産性は2倍になったと言える。生活水準の向上を加味すれば、それ以上だ。

新大陸など他人の土地を欲しいままに占有・収奪した近代世界システムに対して、江戸システムは限られた国内の土地を最高度に活用したのである。

歴史の教科書には、江戸時代に飢饉(ききん)ばかりが続いたかのように記述しているが、それは江戸時代の後半、人口が3千万を超えて列島の収容能力限界に達し、また米作が北限の東北地方まで普及していた所に、気候寒冷化が襲ったためである。飢饉を階級的搾取の結果とするマルクス主義史観では、前期の高度成長も、庶民の豊かな暮らしぶりも説明できない。

(汗と知恵による勤勉革命)
江戸システムで土地生産性が大幅に向上したのは、より多くの汗と知恵の投入の結果である。飼料のために広い土地を必要とする牛馬を減らし、人力で代替した。そのために土地や作業にあった鍬(くわ)などの農具が開発された。また都市部の糞尿や生ゴミが農村に還流されて、肥料として利用されるというリサイクルシステムを確立した。これにより衛生的な都市生活と、農業生産性向上を両立させる事ができた。

さまざまな創意工夫は多くの農書にまとめられ、各地に広められた。それを読むために、一般民衆の就学率、識字率はヨーロッパ諸国に比べても段違いに高い水準となった。

勤勉と教育を尊び、ものを大切にする我が国の文化特性は、江戸システムの発展を通じて、形成されたのである。ヨーロッパの産業革命(Industrial revolution)に対して、日本は勤勉革命(Industrious revolution)を行ったと称されている。

(平和の海)
  春の海ひねもすのたりのたりかな
 高麗(こま)船のよらで過ぎゆく霞かな

蕪村の句である。のどかな霞の海を朝鮮の船が行く。こちらに立ち寄ってくれたら、退屈もしのげるのに、そのままどこかに行ってしまう。日本は、朝鮮やシナ、オランダと盛んに交易はしていたが、それぞれが互いに干渉もせずに、平和裡に棲み分けていた。

1637-8年の島原の乱から、1867年の大政奉還までの230年間、我が国は静謐(せいひつ:静かで安らかなこと)な平和に包まれていた。しかし、ペリーの砲艦外交で近代世界システムに巻き込まれた途端、日本は日清、日露、大東亜戦争と過酷な戦争の世界に身を投じなければならなかった。

230年間一度も戦争をしなかった江戸システムと、15世紀以来の500年間に、約1年8ヶ月に1回の割合で戦争をしていた近代世界システムと、両文明の本質的な違いをここに見る事ができる。

(伊勢雅臣著書「世界が称賛する『日本人が知らない日本』」より抜粋)

---owari---
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