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「危機のリーダーシップ」を発揮したチャーチルの信念

2018年09月22日 | 政治・経済

とにかく、「甘く対応をすれば、すべてがうまくいき、穏やかになる」という考えもあるかもしれませんが、それは第二次大戦の教訓に学んでいないところがあるのです。

 

第二次大戦において、「ヒットラーという人にどこまでの野心があるかを見抜けたか、見抜けなかったか」ということは、ヨーロッパでは大きな問題ではないかと思います。

 

そのヒットラーについて、イギリスの首相を務めたチャーチルは、「ヒットラーは、ポーランドや、石炭や鉄鉱石が出る地域だけを占領すれば、それで満足するような人ではない」と、早々と見抜いていました。そのため、徹底的に抗戦し、「絶対に降伏はしない」ということを貫いたのです。そうした信念の政治家がいました。

 

彼の信念がなかったら、イギリスも滅びていた可能性は極めて高いでしょう。

昨年、公開されました「ダンケルク」(20179月、日本公開/ワーナー・ブラザース)という映画が上映されました。これは、第二次大戦中、ドイツ軍に取り囲まれた英仏連合軍が撤退するところを映画化したもので、ヒットしました。

 

ドイツ軍に取り囲まれた40万人のうち、30数万人は逃げられたのですが、ほとんどの重い兵器は浜辺に放棄し、銃だけを持って輸送船等に乗り、イギリスに逃げて帰るのです。英仏共にそういうことをしました。

 

そのように、1940年ごろのイギリス本土では、ドイツに対抗する兵器のない状態があったのです。国防に力を入れるようになったのはそれからあとのことです。

 

当時、チャーチルは、「国防を充実させて、ドイツに対抗できるものを持たなければ、この国は滅びる恐れがある」と言い続けていたわけですが、実際に空爆が始まると、チャーチルが首相に選ばれたというようなこともありました。

 

そのように、本当に爆撃が始まるまで分からないというのが人間の愚かなところであり、危機のリーダーは、そういうことを“始まる前”に見抜いているわけです。チャーチルは、相手の人間の筋から、「どこまで欲があるか」ということを見抜いていました。

 

当時、ドイツに侵攻され、フランスはすぐに降参し、イギリスも本当は降伏する寸前だったのですが、チャーチルの意地で抵抗戦を行い、戦い続けたことと、アメリカやソ連まで参戦に持ち込んだところで、国が潰れるのを何とか防いだわけです。

               

もっとも、当時の日本からすれば、逆のほうがありがたかったのかもしれませんが、それが、誇りある大英帝国の「最後の輝き」になりました。

 

---owari---

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